腹黒御曹司の一途な求婚
「えっ……と……」
「あ、覚えてないよね。俺、伊勢谷駿です。初等部の頃美濃さんと同じクラスで、今は蒼士と同じあおうみ銀行で働いてるんだ」
「あ……伊勢谷くん……」

 名前を聞くと流石に覚えがあった。確か、伊勢谷百貨店のご子息だったはず。

「伊勢谷くん、久しぶりだね」
「うん、ホント。十年以上ぶりだからね」
「でも、よく私だって分かったね?」
「会場で蒼士と一緒にいるのを見かけたからさ。挨拶できたらよかったんだけど、俺も親父に無理やり挨拶回りに連れ回されてたから全然時間なくて」

 くたびれた様子で伊勢谷くんが肩をすくめる。蒼士もそうだけど、御曹司は御曹司なりの苦労があるらしい。
 
「そっか、大変だよね」
「いやいや、美濃さんたちに比べたら全然。あ、そうだ。婚約おめでとう。……いやぁ。やっぱり、あそこの神社ご利益あるんだなぁ」
「え?」
「ああ、ごめん。こっちの話。あいつにもやーっといいご縁がやってきてよかったと思って」

 伊勢谷くんはしみじみと頷いている。
 そういえば芙由子さんも蒼士にはあまりいいご縁がなかった、とか言っていた。

(あのお嬢様のことなのかな……?)

 蒼士の縁談相手のお嬢様から水をぶっかけられたのがもう懐かしい。全くいい思い出ではないけれど。

 確かにあのお嬢様とだと、いいご縁とは言えなさそう……なんて失礼なことを考えていると、不意に伊勢谷くんがニヤリと笑った。
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