腹黒御曹司の一途な求婚
(…………貴子、さん)

 貴子さんが、蒼士と話している。
 どうして……?二人で一体、何を話しているの……?

(ひょっとして、私のこと……?)

 ツインタワーで出会った時の、貴子さんの侮蔑に満ちた眼差しが脳裏に蘇る。

『あなたはいらない子なの』
『この土地から出て行ってちょうだい。不愉快だわ』
 
 鋭い棘のような貴子さんの言葉が脳内で反芻する。
 もしかすると、貴子さんは蒼士に私と別れるように言っているんじゃ。そうして、目障りな私をこの地から追いやろうとしているとしたら。

 流れる血が凍りついていくように、みるみると体が冷えていく。
 周囲のざわめきが一気に遠ざかっていくようだった。でも自分の鼓動の音だけは内側で激しく鳴り響いている。

「ありゃ、誰かと話してんね。これだと控室の方で待ってた方がいいかもなぁ。……美濃さん?」

 伊勢谷くんの声でハッと我に返った。
 途端に音が溢れ出すように私の耳に飛び込んでくる。一気に鼓膜が震えて、目眩を覚えるほど。

「う、うん……そう、だね……」

 私はちゃんと笑えていただろうか。

 伊勢谷くんの問いかけに頷くと、蒼士と貴子さんに背を向ける形でまた歩き出した。
 バクバクと荒れ狂う鼓動は鳴り止まないまま。
 胸の辺りを何度も撫でさすり、ともすれば荒くなる呼吸を鎮めようとするけれど、上手くいかない。

 それでもなんとか控室のある通路まで辿り着いた時、私は再び足を止めた。

「萌黄!ここにいたのか!」

 待ち構えていたように駆け寄ってきたのは、父だった。
< 126 / 163 >

この作品をシェア

pagetop