腹黒御曹司の一途な求婚
 言いたいことはたくさんあった。
 今更そんな都合のいいことを言わないでほしいとか、子供を跡を継ぐためだけの道具のようにみなさないでほしいとか。

 でも感情が渋滞して言葉にならなかった。
 強く握りしめた手のひらに、グッと爪が食い込む。

「話は、それだけ?」

 声が震えないようにするのが精一杯だった。
 父の顔を見たくなくて、自分の手元のカップに視線を落とす。

「いや。もう一つあるんだ。こちらの方は少し急ぎでね。萌黄に頼みがある」
「……頼み」
「ああ。久高くんに、うちに融資を取り付けてもらえるように頼んでほしいんだ。ブライダル事業の方で新しく式場を建設しようとしてるんだが、なかなか融資がおりなくてね。経営の何たるかも知らない若造が、採算が取れないだとか何とか視野の狭いことを言っていて話にならないんだ。だから萌黄から久高くんに話を通してほしい。彼なら融資の一つくらい通すのは容易いだろうから」

 それが、私への頼み。
 心の中でピシリと亀裂が走った。

(私、馬鹿だなぁ……勝手に期待して……)

 愚かな自分に嘲笑が込み上げる。

 父に話があると言われて戸惑っていたけれど、同時にほのかな期待も胸にあった。
 過去の決断を悔いた父が、もしかしたら私に謝ってくれるんじゃないかって、そんな期待をしていた。
 
 父が私に家族としてやり直したいと真摯に告げてくれわたのなら、過去は水に流してもいいのかもしれないと、そんなことすら思っていた。

 でもこのザマ。

 父にとって私は、所詮美濃の家を維持するための道具、使い勝手のいい駒でしかなかったのだ。
 だから簡単に捨てられるし、必要になったら拾ってくればいいだけだと思われている。何を言っても背かない従順な駒だと、そう認識しているんだろう。
 多分、父は無自覚だ。だから余計にタチが悪い。
 
 父への信頼、親子の情。
 一度は砕けて、それでも手放しきれずに心の片隅に残っていた感情が、音を立てて瓦解していくのを感じる。
 
 十三年の時を経て改めて、父の愛なんてものが存在しないことを思い知り、心が失望で真っ黒に塗り潰される。
 父はまだ何かを話していたけれど、それは私の耳に入ることはなかった。
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