腹黒御曹司の一途な求婚
 オフィスフロアに戻る道すがら、私はがっくりと肩を落として項垂れた。
 まだちょっと動悸がしている。疲労が重くのしかかっているのは、歩き回ったせいだけじゃない。

(私、嘘苦手なんだよなぁ……大丈夫かな、こんなんで……)

 さっきの小芝さんとの会話で早くもボロが出そうになって反省する。
 誰にも知られず、隠し通さなければいけないというのに。――私がかつてこの街に、あの柵の内側に住んでいたということは。

 私がこの街を去ったのは十三年前、中学三年生の夏のこと。以来、母方の祖父母の元に身を寄せ、この街に近づくことはなかった。そういう約束だったから。

 この土地に戻ってきてしまったのは正直想定外だった。
 でも仕事上の都合なので私にはどうにもできない。雇われの身で配属先を選べるはずもなく、かといってそう簡単に辞めることもできないので。
 
 幸いにも私の業務のほとんどがバックオフィス業務だ。客前に出ることはさほどなく、以前の知り合いに出くわす可能性は少ない。同僚にバレて変な噂を立てられない限りは、問題なく働き続けられるはず。
 
 たとえ嘘が苦手でも、この秘密は守らなければいけない。私自身の平穏のためにも。

「よし!」

 誰もいない廊下で、私は胸の前で拳を作って己を鼓舞した。先行きは少し不安だけれど、そんな憂いを晴らすように。
 そしてまた、一歩踏み出した。
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