腹黒御曹司の一途な求婚
 父と別れ、トボトボと重い足取りでホテルへと戻ると、ロビーでは蒼士が待ってくれていた。

「萌黄、大丈夫か!駿から聞いたけど、美濃社長に連れて行かれたって――」

 私がエントランスへ足を踏み入れた瞬間、駆け寄ってきた蒼士が私の肩を優しく掴む。
 彼の瞳には憂いが揺れていた。私が心配で堪らなかったと、そう伝えてくれている。

 そんな彼の顔を見たら、涙腺が決壊したように涙が次々と溢れてきた。

「うぅ……うっ……」

 悲しかった。悲しくて悲しくて堪らなかった――父から本当に愛されていなかったのだと知って。

 人目を憚らず泣き出した私を慰めるように、蒼士は私を強く抱きしめてくれた。
 宥めるように私の背中を撫でる蒼士の手は優しい。全身を包む温もりが、私に一人じゃないと教えてくれる。

 私が泣き止むまで、私を抱きしめるその手が緩むことはなかった。
 

「ごめん……急に、泣き出したりして……」

 ポロポロとこぼれ落ちていくばかりだった涙の勢いがようやく収まって、私はのろのろと彼の胸から顔を上げた。
 今更だけれど、通行人の邪魔にならないようロビーの端の方へ移動したところで……ギョッとした。
 
 目の前の彼のドレスシャツが、涙と落ちたファンデーションのせいでぐしゃぐしゃになっている。
 彼に抱きしめられるがまま、彼の胸に顔を埋めて泣いていたから……申し訳なくてまた泣きそうになる。

「ご、ごめんっ……シャツ、汚しちゃって……」
「いいよ、そんなこと気にしないで。帰ろうか。部屋まで歩けそう?無理なら抱っこするけど」
「あ……歩くから……抱っこは、大丈夫……」

 今ですら、ロビーの真ん中で号泣していた情緒不安定な女として衆目を集めてしまっている。絶対職場で噂になるから、これ以上目立ちたくはない……もう手遅れかもしれないけれど。
 
 メイクが崩壊した顔面を晒すのも恥ずかしくなって俯きがちで主張すると、蒼士は少し残念そうに「じゃあ、戻ろう」と言って、私の腰を抱いて歩き出した。
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