腹黒御曹司の一途な求婚
 部屋に着いた瞬間、蒼士にフワリと抱き上げられた。突然目線が上昇して、びっくりして彼の首にしがみつく。
 彼は長い足で颯爽と部屋の奥に進み、私を抱えながらベッドルームへ続く扉を片手で器用に開けた。

「風呂、一緒に入ろっか」

 穏やかにそう言って、蒼士は私をベッドに下ろした。
 私の返事を聞くことなく、蒼士はベッドルームと続きになっているバスルームに向かい、いそいそとお風呂の準備をし始めている。

 確かにお風呂には入りたい。顔はドロドロだし、今日は体も心も疲れたから、湯船にゆっくり浸かってリラックスしたい。
 でも――

「順番に入るのは?」
「ダメ」
 
 何度も体を重ねたけれど、明るい場所で裸を晒すのは恥ずかしいからそう提案してみたら、思いの外強い口調で却下された。
 驚いて目を瞬かせると、戻ってきた蒼士が私の頬を両手で包み込んだ。

「今は萌黄を一人にしたくない」

 懇願にも似た視線に射貫かれ、私の心臓がギュッと締め付けられた。
 こんなにも私を大切に思ってくれる人がいることに、また視界が涙が滲みそうになる。

 また不安定な感情の揺らぎがぶり返しそうになって、私はそれを振り払うようにコクコクと頷いた。

 とはいえ湯船に浸かる前に全身を清めたかったので、その間蒼士にはベッドルームで待ってもらうことにした。バスタブの隣にあるシャワーブースはガラス張りで丸見えなので。

 ベッドルームとバスルームを隔てる引き戸を引き、視界を遮ってからシャワーを浴びる。
 熱いお湯を頭から浴びると、心の中で澱んでいた感情が少し中和された気がした。
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