腹黒御曹司の一途な求婚
(もっと早く、割り切っていればよかったのにね……)

 ずっと、親子という既成概念にがんじがらめにされてきた。
 父との約束を守り続けてきたのも、たった一人の父親を大切にしなければ、と盲目的に思っていたから。

 そんなものを気にせず自由に生きてたら、きっと今みたいに傷つくこともなかった。

(私って、本当にバカだ……)

 いつかまた父に愛されたいと、そんな幻想を抱いていた自分が情けなくなって、また涙がこぼれそうになる。
 不意に私の腹部に絡みついていた蒼士の腕がギュッと締まった。

「萌黄、好きだ。愛してる」

 どんどん後ろ向きになっていく私の思考をかき消すように囁かれた突然の甘い告白に、私は驚いて目を瞠る。

「どうしたの?急に」
「言いたくなったから。萌黄を抱きしめてると、何度でも言いたくなる」
  
 ギュウウッと効果音が付きそうなほど、きつく抱きしめられる。
 ちょっと苦しい、けれど幸せだった。
 蒼士の言葉は、まるで雲の切れ間から光が差し込むように、私の心を明るく照らしてくれる。

(私にはちゃんと、私を愛してくれる人がいる……だからもうこれ以上は望まない……その人たちを大切にして、生きていこう……)

 その中に、父はいない。でも、もうそれでよかった。
 父との関係に終止符を打つ決心がついたことで、私はようやく前を向ける気がした。
< 133 / 163 >

この作品をシェア

pagetop