腹黒御曹司の一途な求婚
 二人だけの空間に、張り詰めた沈黙が落ちる。私も父も、表情は硬いまま。
 これから食事をするとは思えない緊迫した空気に、先付と前菜を運んできたスタッフは恐々としていた。ちょっと申し訳なくなる。
 テーブルにお皿を並べ終えてそそくさと去っていくスタッフを尻目に、口火を切ったのは父の方だった。

「おまえの婚約のことは、親戚たちにも話しておいた。皆、驚いていたが喜んでいたぞ。結納はもう済んだのか?まだだったらこちらで手配するから――」
「――お父さん。私は美濃の家に戻るつもりはないの。だから、私はもういないものだと思ってほしい。もうこんな風に呼び出したりもしないで」

 単刀直入にそう告げると、父は驚愕の表情で目を見開いた。

「な、なぜそんなことを……美濃の家に戻ってくる方がおまえのためだ。久高だって、うちと姻戚になる方が利点も多いだろう。そんな……馬鹿なことを言うんじゃない」
「彼は私のバックボーンなんて気にしていないわ。久高のご両親も、美濃家との繋がりは求めてない。それに貴子さんだって、私が戻ることを望んでいないでしょう?」
「そんなことを言うのは、貴子が理由なのか?なら貴子とは顔を合わせなければいい。跡継ぎが必要なことはあれも分かっているから、納得もするはずだ。だから考え直すんだ。我が家にはおまえの存在が必要なのだから」
「……いくら言ったって私の考えは変わらないよ。私は美濃家に戻るつもりはないから」
「そ、それじゃあ跡継ぎはどうするんだ?!融資のことだって、まだ返答を聞いていないぞ」
「知らない。私にはもう、関係ないもの」
「な、なんだと?!なんて親不孝な……菊乃屋がどうなってもいいというのか?!これまで先祖代々守ってきた家業を、おまえは見捨てるのか?!」

 唇をわななかせ、声を荒げる父の気迫に、私は呑まれそうになった。父が怒ったところなんて見たことがない。
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