腹黒御曹司の一途な求婚
 驚きのあまりビクリと肩を震わせていると、父は私を睨みつけながら懐から一封の封筒を取り出した。
 
「こんなことは言いたくなかったんだが、仕方あるまい」

 不機嫌な調子でそう言い放ち、父は取り出した封筒を私に差し向けた。
 中を開けてみろ、ということらしい。
 
 戸惑いつつその封筒を開くと、中には写真が数枚入っていた。その内の一枚を手に取った私は思わず息を呑んだ。

「ど、どういうこと……?」

 写真の中で、蒼士と貴子さんが腕を組んでいた。
 場所は恐らく、ツインタワーのエントランス。平日の夜なのか、蒼士はスーツ姿だ。
 まるでプロのカメラマンが撮ったかのような鮮明な写真。艶やかな貴子さんの笑顔が、痛いほど目に突き刺さる。

「どうして、こんな写真をお父さんが持っているの……?」
「家に送られてきたんだ。貴子がそう言っていた」
「……貴子さんが?」
「ああ、そうだ。なんでも、久高くんに執拗に言い寄られて、一度だけ関係を持ってしまったらしい。この写真も彼が撮っていたようでね。これをダシに今も貴子に関係を迫っているそうだ。……彼も若いから遊び足りないのだろうがね。はっきり言って、これはとんでもない醜聞だよ。こんな写真が出回ったら、彼は困るんじゃないか?銀行は信用が第一だろう?おまえが美濃に戻って、彼から菊乃屋への融資を引き出すと約束するなら、この写真は処分しよう」

 父から出た言葉とは思いたくなかった。
 だって、これは脅しだ。この写真を公表されたくなければ言うことを聞けと、父はそう言っている。

 本当に信じられない。まさか父がそこまでするだなんて。
 実の娘に対する仕打ちとは思えず頭が真っ白になって、ただ茫然と写真を見つめていた、その時。
 ガラリと戸が開く音が個室に響いた。
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