腹黒御曹司の一途な求婚
「失礼します、美濃社長。恐れながら、本日は僕もご相伴にあずかってもよろしいでしょうか?」

 飛び込んできた美声は、暗雲が立ち込める私の心に光明をもたらしてくれるようだった。父と対峙するために勇ましく伸ばしていた姿勢が、安堵でへにゃりと崩れそうになる。

「蒼士……」
「ごめん、遅くなって。でも、もう大丈夫だから」

 休日なのにしっかりスーツを着込んだ蒼士は、父の返事も待たないまま私の隣の席に腰掛けた。労うように頭を軽く撫でられると、心に刺さっていた棘がすっと溶けて消えていく。

 父に呼び出されたことは、蒼士にも事前に相談していた。私が頼むよりも先に自分も行くと言ってくれて、今日彼はこの場に来てくれた。
 なので当然私は彼が来ることを知っていたわけだけれども、何も知らない父は突然の闖入者に唖然としている。

「あなたも入られたらいかがですか?そんなところに突っ立っていないで」

 不意に蒼士が入口の方を見やった。つられて私も視線を移すと、そこには蒼白な顔で立ち尽くす貴子さんがいた。

「た、貴子!なぜおまえがここにいるんだ」
「どういうことなの、蒼士さん?!私と二人きりで話がしたいって言ってたじゃない!なのに、どうしてこの人たちが……」

 瞠目する父と、狼狽える貴子さん。私も貴子さんが来ることは知らなかったので、どういうことなんだろう……と蒼士を窺い見る。

 三方から視線を寄せられても物ともせず、蒼士は涼やかに微笑んでいた。

「僕は話があると言っただけで、あなたが勝手に勘違いをしただけです。美濃社長、夫人は僕がお呼びしました。彼女も今日一緒にお話を聞いていただいた方がいいと思いましたので。……こんな写真もあることですし」

 蒼士は私の前にある、手付かずの前菜の周囲に散らばる写真を一枚摘み上げた。
 ともすると不貞が疑われそうな自身の写真にも関わらず、彼が動じる気配はない。それどころか感心したように写真を眺めている。
< 143 / 163 >

この作品をシェア

pagetop