腹黒御曹司の一途な求婚
 かくいう私も蒼士が浮気をしたとは全く思っていない。
 一夜を共にしたというのも、貴子さんの嘘だとわかる。私は蒼士を信じているから。
 
 それに蒼士からは、彼の職場であるツインタワーの前で貴子さんに待ち伏せられたのだと事前に教えてもらっていた。写真はその時に撮られたものなのだと思う。

 でも、何のために……?
 
「この写真……よく撮れていますね。あなたが雇ったカメラマンはなかなか腕がいいようだ、美濃夫人。ただ、撮影している姿が丸見えだったので、記者としては三流でしょうがね」
「な、何を言っているの……?私がそんなことするはず……」
「そうだ!君が貴子を脅して手篭めにするために撮ったものだろう?!」
「手篭め?僕が美濃夫人を?面白い冗談ですね。そんなこと天地がひっくり返ってもありえません。この写真は、おおかた僕と萌黄を別れさせようとして撮影されたものでしょう」

 蒼士がギロリと睨むと、貴子さんは唇をきつく噛み締めて押し黙った。
 この様子を見る限り、蒼士の推測は当たっているんだろう。こんな罠に嵌めるような真似をしてまで追いやりたいほど、貴子さんから疎まれていたことに胸が痛くなる。
 
「それに、夫人とただならぬ関係にあるのは僕ではなく、菊乃屋の坪井専務ですよ」
「なっ!」

(な、なにそれ?!)
 
 ただならぬ関係って不倫のこと?どうして蒼士がそんなことを知っているの?
 驚いた私は、爽やかな営業スマイルを浮かべる蒼士の顔を思わずガン見してしまう。
 
 父も寝耳に水だったらしく、眼球を落としそうな勢いで目をかっ開いている。未だ立ったままの貴子さんは、卒倒してしまいそうなほど顔を青くしていた。

「な、な、なんだその話は……私は知らないぞ……どういうことだ!貴子!!」
「う、嘘よ!この人が嘘を言っているだけだわ!そんな、不倫なんて……デタラメよ!!」
「失礼な。もちろん証拠もありますよ。こちらをどうぞ」

 そう言って蒼士が鞄から取り出したのは、既にテーブルの上に置かれているものと、とてもよく似た茶封筒。
 中身を取り出して見せたと同時に、父の顔から血の気が引いた。
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