腹黒御曹司の一途な求婚
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 蒼士が連れてきてくれたのは、アスプロ東京からほど近い場所にある『オーベルジュ ル・ボア』だった。
 かねてより行きたいと思っていた場所に突然連れて来てもらって、喜びよりもまず先に驚きが訪れる。

「覚えててくれたの?私が行きたいって言ったの……」
「そりゃあもちろん。萌黄が話してたことは全部記憶してるから」

 それはさすがに嘘でしょ……と微苦笑しつつも、胸に熱いものが込み上げる。
 
 アスプロ東京の『プレジール』の競合店でもあり、評判のオーベルジュにいつか行ってみたいと話したのは、いつだっただろう。
 そんな些細な会話すらも覚えて、叶えてくれていたことに、感激を覚えずにはいられない。

 彼に手を引かれてオーベルジュの木製の門扉をくぐる間もずっと、私の胸は期待で高鳴っていた。


 建物内に入ってすぐ、蒼士が向かったのはフロントだった。少しのやり取りの後、フロントスタッフからクラシックな真鍮の鍵を手渡され、私は目を丸くする。
 てっきり、食事だけだと思っていたから。

「よく部屋が取れたね」

 レストランはさることながら、ホテルの方も盛況だと聞いている。会員制というのもあるし、二、三日前に泊まりたいからといって、泊まれるようなところではない気がするけれど……。

「色々伝手を使ってね。泊まりに必要なものも部屋にあらかた用意してもらってあるから、そっちも心配しなくて大丈夫だよ」
「そうなんだ……ありがとう、何から何まで……」
「どういたしまして」

 手配をするのは簡単じゃなかっただろうに、蒼士は事もなげな様相で笑みを浮かべている。

(本当になんでもしてくれてる……)

 先程の言葉を思い出して、頬に熱が集まる。
 この人、私が別荘欲しいって言ってもポンと買ってきそう……言わないけれど。
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