腹黒御曹司の一途な求婚
 今は、このホテルで最上級のグレードであるインペリアルスイートルームで支度をしている萌黄を迎えに行っているところだ。
 
 スイートルームでファーストミートを終えた後は、ホテルのロビーで記念撮影。式はベリが丘近くの神社で神前式の予定だ。披露宴は言うまでもなくアスプロ東京で執り行い、お開きの後は件のスイートルームに宿泊する。

 萌黄が挙式で着用するのは、彼女の母親の婚礼衣装でもあったという白無垢だ。あのクズ……いや、萌黄の父親が誂えたものだという。
 
『お母さんと同じ衣装でお嫁にいきたい』

 というのは、家族想いの彼女らしい。
 だが、理由はそれだけではないだろう。式に出席することのない父親を慮っているのは想像に難くない。

 萌黄の父親と美濃貴子は、アスプロ東京で俺が美濃貴子の醜聞を暴露した後、すぐに離婚したらしい。
 
 菊乃屋の横領については――恐らく萌黄の父の意向で――刑事事件に発展することはなかった。内々に処断され、坪井は会社を追い出されたらしい、というのは菊乃屋の融資担当である駿の談。

 貴子との離婚を期に、菊乃屋は赤字部門であったウェディング事業――貴子の実家であるカミエダウェディング――を切り離し、カミエダウェディングはまもなく倒産した。

 夫も実家の後ろ盾も失い、美濃貴子はこの地を去った。今後何かを仕掛けてくることはまずないだろう。
 萌黄の父親もまた、あれ以来萌黄に近づくことはなかった。己の保身第一のあの父親のことだ、久高を敵に回す気概など元より持ち合わせていないだろうから、当然と言えば当然だ。
 
 父親と絶縁してしばらくは時折沈んだ顔を見せていた萌黄も、今ではすっかり笑顔を取り戻している。
 もう彼女の平穏を脅かすものはない。
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