腹黒御曹司の一途な求婚

「揃いも揃って人の婚約者を誘惑して！！ありえないわ！！今すぐ謝罪しなさいよ！！土下座しなさい、土下座！！！」

　唾を飛ばす勢いで喚き立てながら、お嬢様は私に人差し指を突きつけてくる。
　その瞬間……私の中でプツンと堪忍袋の緒が切れる音がした。
　
　今ここで私が土下座をしたら、もしかしたらこの場は丸く収まるのかもしれない。でもそれは、このお嬢様の暴言を認めてしまうことになる。
　
　このお嬢様がもしホテルにクレームを入れたら……彼女にどれほど権力があるかは分からないけれど、最悪私や小芝ちゃんはクビになってしまう可能性だってあるのだ。
　
　私自身のことはともかく、小芝ちゃんは私が守らなければいけない。
　それにお客様といえど、こんな横暴は許されるべきじゃない。理不尽に屈しちゃいけないと心が燃えていた。
　
　庇うように前に立ってくれていた久高くんを押し退けるようにして立ち上がると、私は毅然とした表情でお嬢様と対峙した。

「お言葉ですが、お客様。私にそのような意図は一切ございません。先程、お客様の担当をしておりましたサービススタッフにつきましても、誤って指先が触れてしまっただけで、お連れ様に対して私的な接触を行ったわけではございません。お客様にご不快な思いをさせてしまったことに関しましては、深くお詫び申し上げます。ですが、お連れ様を誘惑したというお客様の主張に関しましては、そのような事実は一切ございませんので、これ以上の謝罪につきましては致しかねます」

　溜まりかねた鬱憤を一息で吐き出し終えると、お嬢様は一瞬ポカンとした後、顔を醜く歪めた。
　
「はああああああ？？？！！！あんた、一体誰に向かって物を言ってんの？！私のこと、誰だか分かってるんでしょうね！！！」

　キャンキャンと喚き散らすお嬢様は私に向かって右手を高く振り上げる。
　叩かれる――そう分かっても、私は怯まなかった。キッと眼光鋭くお嬢様を見据える。
　殴ったら警察に突き出してやる――いつになく好戦的な気持ちになりながら、私はその時を待った。