腹黒御曹司の一途な求婚
「俺、久高蒼士です。覚えてないかな……?中学まで美濃さんと一緒だった」

 力強い眼差しが私の胸を貫く。発せられる声はどこか懇願のような響きを帯びていて、心臓を鷲掴まれるような心地がした。

 彼と関わるべきじゃない。関わってはいけない。
 その意思はどうあっても変わらなかったはずなのに――私は頷いてしまった。彼のまっすぐな眼差しを前にして、偽りを口にすることなんてできなかった。

「お、覚えてるよ。もちろん……」

 初等部と中等部、合わせて九年間ずっと同じクラスだった、初恋の人。
 転校してからはそれ以前の記憶を意図的に思い出さないようにしていたけれど、それでも決して忘れたわけではなかった。
 
 すると久高くんは喜びを隠すことなく、相好を崩した。昔と変わらないえくぼが現れて、私はなぜだか無性に泣きたい気分になる。

「よかった!忘れられてるかなと思ってたんだ。久しぶり」
「そんな、忘れるなんて……。久高くんの方こそよく覚えてたね。私、途中で転校したのに……」

 当時私たちが通っていたのは、小中高大の私立一貫校。初等部は六年間クラス替えがなく、クラブもなかったので、小さい輪の中で人間関係が全て完結していた。
 でも進学するごとに外部生の割合は増えていき、それに伴って交友関係も広がっていく。

 私の記憶の中の久高くんは、いつもたくさんの人に囲まれた人気者だった。
 いくらクラスが九年間一緒だったとはいえ、途中離脱した上に、さして取り柄もない平凡な美濃萌黄(わたし)のことなんて、とっくに忘れ去っていると思っていたのに。

「忘れるわけないよ、美濃さんのこと」
 
 そんな風に笑顔で言われたら、勘違いしそうになるからやめてほしい。とっくに終わった初恋に小さな火が灯りそうになってしまう。
 彼の爽やかな笑みに当てられて、私をモゴモゴと意味もなく口を動かした。
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