腹黒御曹司の一途な求婚
 家に帰った私はベッドに腰掛けると、自分の鞄から例の名刺を取り出した。
 本当はそのまま引き出しの肥やしにでもするつもりだったのだけれど、そうはいかなくなってしまった。
 いかんせん足元に鎮座する紙袋の存在が、不義理を犯そうとする私を無言で責め立ててくるので。

――株式会社あおうみ銀行 営業本部 第四営業部 課長 久高蒼士

「久高くんって私と同じで二十八だよね……課長って結構すごいんじゃない……?」

 この前見た銀行を舞台にしたドラマでは、課長役はアラフォーの俳優が演じていた。
 銀行の出世事情は全く詳しくないのだけど、ものすごく早い昇進なのでは……と、つい想像を巡らせてしまう。

「やっぱり跡取りだから?うーん、でも昔も学年一位とか取ってたしね……」

 久高くんは、あおうみ銀行をはじめとする日本有数の総合金融グループ、あおうみフィナンシャル・グループの御曹司だ。
 もしかしたら彼の出世スピードにはその点も影響しているのかもしれない。
 
 でも学生時代(といっても私は中等部の頃までしか知らないけれど)の彼は、かなりの秀才だった。きっと彼の仕事ぶりもその地位に見合ったものに違いないと、何も知らないながらに思う。

 それにしても、一人暮らしをしてから独り言が格段に増えてしまった。
 シンと静まり返った部屋に自分の声だけが聞こえてくるのがちょっぴり虚しい。外でブツブツ独りごちないように気をつけなきゃ。戒めるように私は唇を引き結んだ。
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