腹黒御曹司の一途な求婚
 ひとしきり名刺を眺め回した後、私は遂に覚悟を決めて名刺をひっくり返した。
 走り書きながらも美麗な文字をジッと眺めて、それから騒ぐ心を落ち着かせるようにハァーとため息をついた。
 
 たかだかお礼の連絡をするだけでこんなにもグズグズしているのは、後ろめたい気持ちが顔を覗かせているから。
 私のこの行動が"あの人たち"の耳に入らないか、不安がないといえば嘘になる。
 
 でもそれ以上に、久高くんからお礼も言わない非常識な女だと幻滅される方が嫌だった。あのお嬢様に向けたような冷たい目で睥睨されたら、心がバキバキに砕けてしまう。

 私はよしっ!と気合を入れたところで、手書きで書かれたIDをメッセージアプリに打ち込んでいった。
 書き付けられたIDに間違いはなく、久高くんのアカウントは無事見つかった。彼のアイコンは神社の鳥居の写真だった。

 なんでこのチョイスなんだろう。
 どうでもいいことかもしれないけれど、なぜだか気になってしまった。
 
 御朱印めぐりが趣味だったり?なんか意外だ……。
 勉強だけでなくスポーツも万能だった久高くんは、中等部時代はテニス部に所属していて、体を動かすことが好きなアクティブな人だったと記憶していたから。

(ま、大人になったら趣味も変わるよね)

 そういう私は学生時代から一貫して趣味と呼べるものがないけども。
 十三年という時の重さを急に感じて、私は少し落ち込んだ。

 やっとトーク画面を開き、私は帰りの中で散々頭を悩まして考えた文面を一文字一文字ゆっくりと打っていく。画面に指を滑らせるたびに鼓動が駆け足になった。

 こんなにも緊張するのは、「誓約書」に抵触しそうな行為をしているからなのか、それとも連絡の相手が久高くんだからなのか――きっと両方な気がする。

 幼馴染へのメッセージとしてはやや堅苦しい文面を打ち終え、メッセージを送信した。
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