腹黒御曹司の一途な求婚
『でも今日、美濃さんにまた会えてよかったよ。突然転校しちゃったから、どうしてるのかなってずっと気になってたんだ。元気そうでよかったよ。職場はずっとあのホテル?』
「ううん、今年の四月に異動してきたの。それまでは大阪にいて……」
『そうか、全然知らなかった。でも羨ましいな。俺はずっと東京、というかこの近辺から出てないから』
「そうなの?」
『大学までは実家暮らしで、職場も美濃さんのホテルから歩いて五分くらいのとこだからね。さすがに、今は実家は出てるけど』

 そんな風に話していたらあっという間に時間が過ぎていたらしい。
 時計を確認したらしい久高くんから『長々とごめんね』と謝られた時、私は少し名残惜しい気持ちになった。

「こちらこそごめんね。でも久しぶりに久高くんと話せて楽しかった。ありがとう」
『うん、俺も。…………あのさ、今週末って空いてたりする?』
「え……あ、うん」
『じゃあ、一緒に食事でもどうかな?お詫びがダメだったら、幼馴染としてさ。折角また会えたわけだし、まだ美濃さんと色々話したいなって』

 久高くんからの誘いに心臓がぴょんと高く跳ねた。
 これってもしかして、デートになるのかな?もちろん久高くんの方にそんな気はなく、あくまで幼馴染としてだろうけど。
 
 気分が自然と高揚してくる。
 でもそこへ冷や水を浴びせてくるのは、頭の中を掠める十三年前に"あの人たち"︎と交わした誓約書の存在。久高くんと関わりを持ってしまうのは、きっとよくない。
 それは重々わかっている。でも――

(一回くらいなら、バレないよね……)

 なんて甘い考えが私の中で頭をもたげてくる。
 ずっとあの人たちから連絡なんてなかった。こうしてベリが丘に戻ってきてしまったけれど、抗議の連絡すらきていない。もしかしたら私のことなんて、もう忘れてるのかも……。

 ズキリと胸が切り裂かれそうになるけれど、私はその感覚を振り払った。
 
 忘れられているのなら、少しくらい誓約に抵触したとしても問題ない気がする。だって久高くんからこうして誘ってもらえるなんて、二度とない機会だから。

 気がついた時には既に、私は「うん」とデート(仮)のお誘いを了承していた。

 胸をよぎる不安には、知らないふりをして――
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