腹黒御曹司の一途な求婚
 気にせず食事を楽しもう、と久高くんは言ってくれたけれど、言葉通り気にせずにいられるほど私は神経が太くなかったらしい。

 この前は弾んでいた会話も途切れ途切れになり、沈黙が増えていた。
 こういう時、個室は辛い。
 水を打ったような静寂が非常に気まずかった。

「…………美濃アシスタントマネージャーから見て、ここのレストランはどう?前評判には納得?」

 久高くんがそんな風に訊ねてきたのは、居た堪れなくなって身を縮こめながら、メイン料理である鴨肉のローストを口に運んでいる時だった。

 ちょっと茶化した言い方に自然と笑みがこぼれる。それに、仕事の話なら気負わず話せそうな気がした。

「うん、って私が言うのもおこがましいけど。お料理ももちろん美味しかったし、それ以上に野堀さんのサービスがすごく行き届いてて、サービスが評判なのも納得というか。うちもこの水準を目指さなきゃなぁって思っちゃった」

 料理よりも私の記憶に残ったのは、サービススタッフである野堀さんの気遣いだった。

 こちらから声をかけることが一切なかったと言っていいほど、野堀さんのサービスは細やかに行き届いていた。
 
 ドリンクは飲み終える前に追加のオーダーを聞いてくれて、私が少しでも悩むそぶりを見せたら「次はお魚料理ですからこちらなんかもおすすめです」と言いながらおすすめの白ワインを提案してくれた。
 しかも、私の好きなフルーティーな味わいの辛口。
 
 あまりにも自分の好みとドンピシャだったので野堀さんに訊ねてみたら、「乾杯のドリンクの時に久高様とそうお話しされていましたから」とにっこり微笑まれて、舌を巻いた。
 鑑のような接客に、思わずひれ伏しそうになるほど。
 
 私たちの会話が途切れたら、料理の解説やクルーズの見どころを紹介してくれたり、野堀さんは私たちの様子を終始さりげなく観察していて、随所で細やかな気配りを発揮していた。
 
 一見そのどれもが些細で簡単なことのように思えるけれど、実践するのは意外と難しかったりする。
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