腹黒御曹司の一途な求婚
「それからはずっと母方の祖父母のところで暮らしてたの。本当は、二度とここにも戻らないつもりでいたんだ。でも転勤で戻る羽目になっちゃって……それも本当はよくないと思うんだけど、さすがに辞めるわけにはいかないし。だからせめて、昔の知り合いと誰とも関わらないってことだけは守ろうと思ってて……久高くんと会うのも今日で最後にしたいの。勝手ばっかり言ってごめんなさい……」

 久高くんの顔を見ることができず、私は俯いたまま頭を下げた。
 怒られても、罵られても、全部受け止めるつもりでいる。私はひたすら、久高くんの言葉を待った。

「……萌黄の事情は分かった。その上でもう一回言わせてもらうけど、俺と結婚を前提に付き合ってほしい」

 私は目を瞬かせた。
 だって全然、予想していた言葉と違う。
 思わず顔を上げると、久高くんは目を細めて私を見つめていた。
 
「……………………話、聞いてた?」

 唖然としながら、おずおずとそう訊ねてみる。
 
 もしかしたら船のエンジン音で、私の話がかき消されてしまっていたんだろうか。
 結構本気でその線を疑ったのだけれど、久高くんは苦笑いで肩をすくめて否定した。

「もちろん聞いてたよ。萌黄がお父さんとの約束を頑張って守ろうとしてるって。でもごめん、そんな理由じゃ納得できない」
「…………」
「正直な話、その誓約書は無効になる可能性が高いと思う。作成した当時、萌黄は未成年だし、親に逆らえるわけがない。意思に反していたとしても署名せざるをえない状況だったっていうのは想像に難くないはずだ。内容も萌黄に一方的に不利益を科してるものだしね」
「で、でも、代わりにお金を受け取っていて……」
「学費と生活費代わりだろ?親が子を養うのは当然のことだ。なんならそのお金も俺が肩代わりするし、弁護士を手配して誓約書無効の申立てをしてもいい」
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