腹黒御曹司の一途な求婚
 中学生の頃の私なら、好きという感情一つで彼の手を取っていたはず。
 でも大人になって、その過程で大切なものを幾度も手放して、私はすっかり臆病になっていた。

 久高くんは結婚を前提に……だなんて言っていたけれど、そんなの無理に決まっている。
 彼のご両親が私を受け入れることはないだろうから。
 
 久高くんのお家のような圧倒的上流階級において、結婚は閨閥を築くための極めて重要な手段だ。当然、結婚相手にも相応の家柄が求められる。醜聞なんてもってのほか。
 
 親から捨てられ、久高家に何一つとして益をもたらすことのできない私が、彼の両親、そして親族から歓迎されるとは到底思えなかった。美濃の親族から白眼視される母をずっと見てきたから余計に。

 彼の手を取ったとしても、この関係に未来はない。周囲から祝福されない関係は必ずどこかで破綻する。悲しいことにそう言い切れる自信すらあった。
 
 久高くんから与えられる愛情を受け入れてしまえば、きっともう私は彼を手放せない。
 だからこそ、踏ん切りをつけられなかった。
 もうこれ以上、大切な何かを手放すのも、手放されるのも嫌だったから。

 すっかり押し黙ってしまっていると、久高くんが意味ありげに私の手の甲を撫でた。
 分かってるよ、と言外に仄めかされたような気がして、私はハッと息を呑む。
 久高くんは柔らかく目を細めて、口を開いた。

「俺は待つよ。萌黄が俺を受け入れてくれるまで待ってる。だから萌黄も、今はまだ答えを出さないでいて」
「え……でも……」
「大丈夫。萌黄の迷う余地がなくなるくらい、俺のことを好きにさせてみせるから」

 それって大丈夫なの……?なんて思ったのも束の間。
 久高くんはニッと不敵な笑みを浮かべて見せると、私の右の手の甲に口付けを落としたのだった。
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