腹黒御曹司の一途な求婚
 恐らく萌黄の父親は、誓約書などという姑息な手段で当事者である萌黄の口を封じれば、よからぬ噂は立たないと思ったのだろう。全くもって浅慮であるとしか言いようがない。
 そういう何もかもが浅い人間だからこそ、十年以上経っても業績を持ち直せていないのであろうが。気の毒なことに経営の才もないのだろう。

「美濃社長は若妻の言いなりだから、仕方なかったんだろうなぁ。再婚するために、赤字だった嫁さんの実家のブライダル会社をわざわざ買収したくらいだし。今も本業そっちのけでジャブジャブ金突っ込んでるよ。傾きかけなのは相変わらずだけど」

 乾いた笑いをこぼしながら、駿がビールを一息に呷った。
 
「ああ、そういえば菊乃屋の担当っておまえのとこの部だったか」
「そうそう。配置替えで、つい最近俺の担当になったんだよ。今までは資産売却とかしてどうにか黒字に持っていってたけど、二期連続で赤字だからそろそろヤバいな。で?その美濃さんがどうしたんだよ。もしかして会ったのか?」

 ずずいっと身を乗り出す駿に、俺は肩をすくめる。
 
「ああ。アスプロ東京で偶然。そこで働いてるって」
「へえ、それはまた。で、久々に再会して盛り上がったってところか」

 ニヤニヤと冷やかしの視線を送ってくる駿の問いには無言を貫いた。
 
 概ねその通りだが、そこまで詳しく話すつもりはない。
 というか仔細を話したら確実に笑われるので言いたくない。
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