腹黒御曹司の一途な求婚
 今までの人生、酒で失敗したことは一度もなかった。
 別に酒に強いわけじゃない。ただ己の限界を見誤らないようにしていただけだ。

 なのにあの日に限って酒に溺れる大失態を演じてしまったのは、柄にもなく緊張していたから。
 初恋の女の子が、記憶の中よりもさらに綺麗になって目の前に現れたのだ。
 しかも自分の隣に座って、笑顔を振りまいている。平常心でいられるはずもない。
 
 それに加えて萌黄からは自分に対する好意を微塵も感じなくて……自棄に走っていたというのもある。

 ずっと一途に彼女を想っていたわけじゃないが、それでも萌黄の存在は俺の中で特別だった。
 自分から誰かを好きになったのは、萌黄ただ一人だけだったから。
 
 大人になった萌黄は思わず目を引くほど凛とした美しさを備えていた。
 中身も昔と変わらず、気高く高潔で。
 
 燻ったまま彼方に葬り去られていた火種が舞い戻って再燃したかのように、自分でも驚くほど急速に彼女に惹かれた。
 それは必然だったのかもしれない。だから今度こそ彼女を手に入れたいと強く思った。
 
 アルコールによって理性と自制が失った俺は、心の赴くままに萌黄を貪ってしまった。

 翌朝目覚めた瞬間に絶望した。彼女が自分に全く興味がないからこそ、徐々に距離を詰めていこうと練っていた作戦を自ら台無しにしてしまったので。

 馬鹿か俺は、と散々頭の中で数時間前の自分を罵っていたのだが、驚くべきことに萌黄は「同意の上だった」と口にした。
 それはつまり、彼女の方も少なからず俺に好意を抱いていたということで。
 
 それがどの程度の好意であるかはこの際無視した。最終的に心が通えばそれでいいのだから。
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