腹黒御曹司の一途な求婚
 クルーズディナーから、ひと月が経って、私は久高くんに誘われるがまま毎週末彼と会っていた。
 ショッピングに行ったり、映画を見に行ったり――はたから見たら恋人同士のデートと相違ない、と思う。
 けれども私は「まだ答えは出さなくていい」という彼の言葉に甘えて、まだ自分の気持ちを伝えずにいた。

 もう、自分でも分かっている。久高くんのことが好きだって。
 もう誤魔化しようがないほど、会うたびに恋情が募っているのをこの上なく実感していた。

 それなのに一歩を踏み出すことができないのは、私が臆病だから。
 
 久高くんと会っていることが父にバレて、彼に迷惑をかけることになってしまったら……彼の家族に拒絶されてしまったら……そして何より、彼に愛想を尽かされてしまったら……。

 そんなもしもの想像が私の足を縛り付ける。
 飛込台の上で、私は身動ぎできずに飛び込むべき場所をずっと見下ろしたままでいる。
 どうしたら、あと一歩が踏み出せるんだろう。自分の心なのにままならなくて、私は途方に暮れていた。

「……萌黄?」
「……えっ?うわぁ!」

 訝るような久高くんの声で顔を上げると、ボールから千切ったレタスの破片が溢れてこぼれ落ちそうになっていた。
 物思いに耽っていたために、つい手元が疎かになっていたとはいえ、明らかに千切りすぎている。ウサギの餌じゃないんだから……。

「結構千切ったね」
「ご、ごめん……」

 久高くんの言葉にも笑いが混じっている。
 というかこれ、どうすればいいんだろう。レタスだけを延々食べ続けるわけはないだろうし。
 
 自慢じゃないけど、私は料理が得意じゃない。手先があまり器用じゃないのもそうだし、いざ食材を前にして何を作ればいいのか思いつかないというのもある。
 
 家でとる夕食は、春夏はぶっかけうどんで、秋冬は鍋の一択のみ。栄養面は社食ランチにお任せしている。

 技能はないけど料理の知識だけはあるので、この有様が不正解ということは分かる。けれども残念なことなく正解の姿は分からない。
 私の中で、サラダとは買ってくるものだから。
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