腹黒御曹司の一途な求婚
「ただ、そうはいっても内容を無視したままだとトラブルに発展する場合もあるから、一度お父さんとは話し合うべきかな。もちろん先方との交渉は全部俺が間に立つから、萌黄ちゃんは何も心配しなくていいよ」
「あ、ありがとうございます……」
「報酬も蒼士に貰うから気にしなくていいし」

 ニヤッと笑った和泉さんの言葉に私はギョッと目を丸くする。

「い、いえ!そこはちゃんと自分でお支払いします!」
「別に気にしないでいいのに」
「久高くんまで!私の問題なのにそういうわけにはいかないよ」
「言ったろ?萌黄が困ってたら力になりたいって」

 私を見つめる久高くんの双眸には熱い何かが滾っていた。
 このまま彼の瞳に吸い込まれてしまいそう。そんな錯覚すら抱いたところへ、向かいからコホンと咳払いの音が聞こえてくる。
 見ると、和泉さんが生温い視線をこちらに送っていた。

「あのー。俺、帰った方がいい?」
「そうだな。話も終わったことだし」
「く、久高くん!」

 その時、ピンポーンと再びチャイムが鳴り響いて、私たちは動きを止めて顔を見合わせた。

「ごめん、ちょっと出てくる」

 久高くんが立ち上がり、リビングの壁面に設置してあるインターホンを慣れた手つきで操作した。
 スピーカーから聞こえてきたのは、壮年の男性の声だった。

『失礼致します、久高様。芙由子(ふゆこ)様がお越しでございます。お通ししてもよろしいでしょうか?』

 このマンションは、高級マンションなだけあってコンシェルジュサービスが置かれている。日中に来客があればまずはコンシェルジュが対応し、住民に取り次ぐというシステムらしい。

 だからこの声はコンシェルジュの方の声だと思うのだけれど。

(芙由子、さん……?)

 明らかに女性の名前だ。
 休日に、男性の家へ訪ねてくる女性。嫌な考えしか思い浮かばない。

 元カノ?もしかしたら新しい婚約者だったりするのかも。
 鉛が落とされたように胃が重くなった。
 不安を追い立てるように、鼓動が駆け足になっていく。
 苦しさのあまり無意識に胸を押さえると、久高くんがこちらへ戻ってきた。
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