腹黒御曹司の一途な求婚
 そうは言ったものの、内心ではとんでもなく緊張していた。
 
 久高くんのお母様――芙由子さんがエントランスから上がってくるまでの間、心臓が体を蹴破って飛び出してしまうんじゃないかと思うほど。

 でも、だからといって逃げ出すわけにはいかない。
 自分で言い出したことだし、何より覚悟を決めたのだから。
 芙由子さんに私のことを認めてもらえなかったら、久高くんのことはすっぱり諦めると――
 
 腹を括った私は肩肘張りながら、久高くんと共に玄関ホールで待ち構えていた。
 しばらくの後チャイムの音が鳴り、久高くんがドアノブに手をかける。ちなみに和泉さんは「俺、明らかに邪魔者でしょ」と言って既に帰っている。
 
 ドアを開けた先に立っていたのは、小柄で、いかにも優しそうなご婦人だった。
 
 芙由子さんは幾何学模様の上品なワンピースの上に上質なウールのコートを羽織っていた。和泉さんと同じで、久高くんとはあまり似ていない。

 私を見るなり、芙由子さんは小首を傾げた。

「あら、お客様がいらしてたの?言ってくれたら上がってこなかったのに」
「母さんに紹介しようと思って。こちら、美濃萌黄さん。中等部まで一緒だったけど、最近偶然再会したんだ」

 久高くんがこちらを振り返ったのと同時に私は深々と腰を折った。

「こんにちは、美濃萌黄と申します」

 幼い頃に一度は会ったことがあるだろうけども、お久しぶりですと言うのは何か違う気がして。かといって初めましてというのも変な感じがして。
 結局無難な挨拶に留めておいた。

 芙由子さんは私をじっと観察するように見据えた後、深く首肯した。
 
「美濃――――もしかして菊乃屋さんの?まあ、すっかり綺麗なお嬢さんになられて……。ああ、ごめんなさい。私ったらご挨拶をしていただいたのに。こんにちは。お久しぶり、って言っても覚えてないわよねぇ。蒼士の母の芙由子です」
 
 にっこりと愛想のいい笑みを浮かべる芙由子さんからは、今のところ私に対する敵意は見受けられなかった。
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