腹黒御曹司の一途な求婚
「うん、あの……そうかも。今日、和泉さんに相談できたのもそうだけど、久高くんのお母様と話せて良かったなって思って」
「……やっぱり、家のこと気にしてた?」

 控えめな問いかけに、私は小さく頷く。

「私は久高くんのお家に釣り合う人間じゃないから。久高くんのご両親には絶対受け入れてもらえないと思ってたの……」
「ごめん。俺の親はあんまり堅苦しいことは気にしないって、ちゃんと言っておけば良かったな。いずれは両親とも会ってもらいたいとは思っていたんだけど」

 久高くんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 私が一人で勝手に負い目を感じていただけなのに、彼はそれすらも自責してしまう。

 どこまでも私を慮ろうとするのは、それだけ私を愛してくれているから……。
 
 胸の辺りがほわほわと温かくなる。
 生まれた熱が体全体に行き渡り、私の肌を紅潮させていく。それと同じくして、ただ一つの感情が全身に染み渡っていくのを感じた。

(久高くんが、好き……)

 今までよりも、一層強くそう思った。
 淡い初恋とは違う極彩色の恋情が、箍が外れたように次々と溢れ出してくる。

(もう、諦めなくていいんだ)

 彼に相応しくないと思っていたから、ずっとこの想いに蓋をしていた。
 でも、その必要がないのだとしたら――

「あ、あの……この後ってまだ、時間ある……?」
「うん、それはもちろん」
「あの……話があって……」

 ドクドクと脈打つ鼓動がうるさい。
 彼の目を真っ直ぐ見ることができなくて俯き加減でいると、不意にグラスを置く音が聞こえてくる。

「それって良い話?それとも悪い話?」

 久高くんの声音はいつにも増して真剣で。
 私はまたも緊張が込み上げてきて、肩が無意識に強張った。

「えっと、多分……良い話……?」

 少なくとも、私にとっては――
 
 どうしようもないくらい緊張して、居た堪れなくなった私は逃げるように視線を下に逸らす。
 ともすると呼吸すら忘れそうになっていたところへ、カチャ、とカトラリーがぶつかる音が鳴った。
 
 ゆっくりと久高くんの方へ目をやると、彼は大口を開けて牛ほほ肉の煮込みをあっという間に平らげ、グラスに残ったジンジャーエールを飲み干していた。
 その猛烈な勢いに、思わず呆気に取られる。

「どうしたの?」
「さっさと店を出よう。萌黄も早く食べて」
「え、ええ……?」

 珍しく圧の強い久高くんに急かされて、私がいつもより数段早いスピードで食べる羽目になったのは言うまでもない。
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