腹黒御曹司の一途な求婚
「大丈夫……じゃないよな」

 ショックのあまり胃の内容物を吐き出してしまい、消沈しながら化粧室の個室を出ると、入口の手前で久高くんが待ってくれていた。
 
 鏡を見なくても分かるくらい青ざめていた私の頬を撫でた久高くんは、沈痛の面持ちで眉をひそめている。
 そんな顔をしてほしくないのに、から元気で笑うこともできない。

「帰ろうか。タクシーで送るよ」

 そう言って、久高くんは私の肩を撫でた。コート越しでも伝わるぬくもりが、私の心を慰撫してくれる。
 私を絶望の淵から掬い上げてくれる手だ。それを、今は離したくなかった。

「まだ、一緒にいてもいい……?」

 胃酸で喉を痛めたせいで、かすれた声しか出なかった。彼のジャケットの裾を掴んで、懇願する。
 切実な想いが通じたのか久高くんは静かに頷いてくれて、私たちはツインタワーを後にした。

 行きたいところがあったわけじゃなかった。
 あてもなく歩いていたら自然と足は大通りへ向いていて、煌びやかなシャンパンゴールドの光が次々と目に飛び込んできた。
 冬が迫り、街全体は鮮やかなイルミネーションで彩られている。
 
 並木道を明るく照らす光は、今の私には眩しすぎて、目線を足元に落とした。

「さっきは、ごめんね……あの人、お父さんの今の奥さんで……私、びっくりしちゃって……」

 貴子さんに遭遇した際の動揺は尚も続いていて、発した声はか細く震えている。

 むしろ今まで出会わなかったのが奇跡だった。
 貴子さんの顔を見た途端、私の意識は十三年前のあの日に引き戻された。
 
 悲しみとやるせなさ――あらゆる負の感情が当時のまま鮮明に蘇り、胸の内でないまぜになって一斉に噴き出してしまった。
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