俺様御曹司は逃がさない
「なに泣いてんだよ、お前」

 
こいつも涙を流すような人間だったんだな。

・・・・できればもう二度と七瀬の涙は見たくない……そう思った。こいつの涙は俺までツラくなる。

椅子に座り、七瀬の頬に優しく手を添えてワレモノを扱うように涙を拭った。

「──── で」


七瀬が掠れた声で何かを言っている。俺は七瀬の口元に耳を傾けた。

──── 『どこにも行かないで』

完全に寝言だろうけど、この言葉は一体誰に向かって言ってんだろうな。ま、俺じゃないことは明白だな。俺にこんなことを言うタイプの女じゃねーし。

モヤモヤが胸の奥につっかえて、『どこにも行かないで』の言葉が他の男へ向けられた言葉だと思うと、腹立つはモヤモヤが募っていくはで最悪。

でもまあ、ここに居るのは俺だけだしな──。

他の男のことなんて考えんなよ……俺だけ見てればいいだろ、お前は。


「俺がここに居んだろ。どこにも行かねえよ……ずっと傍にいてやる──」


七瀬の手を優しく握ると、安心したようにスースー寝息を立て始めた。そんな七瀬を見て、妙に胸がドキドキする。

バクンッ……バクンッ……と鼓動が強くなっていく。

 
──── “愛おしい”。

 
この言葉が脳裏をよぎる。

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