悲劇のフランス人形は屈しない2

供養

日曜の朝、いつも通りの時間に起きると、妹がまだ寝ているのを確認してから、ジョギングをしに公園へと向かった。朝の透き通った空気は、顔を刺すように冷たいが、日が昇るのが少しずつ早くなって来た。草花もだんだんと芽を出し、春の訪れを感じているようだった。
どこからから、ワンッと大きく吠える声がして、私は思わず振り返った。
「あらら」
見覚えのある犬の足下で、今日もまたリードが悲しそうに引きずられている。
白いポメラニアンは私のところまで来るとスピードを落とし、私の靴を嗅ぎ始めた。
「また、一人で来ちゃったの」
ゴンと書かれた首輪があることを確認し、私は犬を撫でた。
ゴンははあはあと息を弾ませて、私の顔をじっと見ている。
「また、おばあさんに心配かけちゃダメでしょ」
私は立ち上がり、引きずられて汚くなったリードを掴んだ。
「さ、行くよ!」
まだ走り足りないのか、ゴンは飛び上がった。
その時、後ろからふっと誰かが私を追い越して行った。そして、立ち止まって振り向くと、私のことをじっと見つめた。
「…やっぱり」
(見間違いじゃなかった)
目の前に立つ作業着服を来た、女性の姿。そう、昔の自分の姿がそこにあった。
ゴンは足元をうろうろと歩き、何事かと鼻を鳴らしている。
「どうして…?」
しかし今回もまた杉崎凛子は、悲しそうに笑顔を浮かべるだけだ。
突然くるりと背を向け、走り始めた。
「ま、待って…!」
私は後を追いかける。しかし、どんなに早く走っても昔の自分に追いつけない。そうこうしている内に、その姿を見失ってしまった。
「ど、どこに…?」
辺りをきょろきょろと見渡すが、もう見つからないと心では分かっていた。
ワンッと足元でゴンが鳴き、私は我に返った。
「ああ、ごめんね」
それから少しの期待を込めて、辺りを探しながら、公園の入り口付近まで戻ろうと足を進めた。少し向こうに着物を着た老女が見えた瞬間、ゴンが走り出し私もそれに倣った。
「あら、まあ!」
私を見ると、老女は目を丸くして驚いた。
「あの時のお嬢様」
「お久しぶりです」
リードを渡しながら私は頭を下げた。
「今回もお世話になってしまって」
申し訳なさそうに老女が腰を折って謝罪する。
「ごめんなさいね。私の歩きが遅いのか、こうやって手をすり抜けてしまうの」
「いえ。また会えて良かったです」
「この後、お時間あるかしら?この前のお礼も兼ねて、お茶にお誘いしたのだけど」
「えっと…」
断ろうとしたが、悲しそうな顔の老女と目が合うと、二度も断ってしまうのが忍びなくなり、私は頷いてしまった。
「では、お言葉に甘えて…」

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