悲劇のフランス人形は屈しない2

おまけ(サッカー)

授業中にふと外に視線を向けると、白石のクラスがサッカーをしているのが見えた。あんなに嫌いだった体育を見学もせず、むしろ生き生きしながら参加しているのも驚きだが、そのサッカーの技には、目を見張るものがあった。
いつの間に練習したのか知らないが、あの技術を習得するには、相当な時間が必要だろう。
(努力が嫌いな奴だったのに…)
天城は、サッカーボールでリフティングをしている白石を見つめた。
相手チームの女に何度も反則行為を仕掛けられている。それでもめげずに立ち上がり、点を取っている。しかし、中盤から様子がおかしくなった。笛が鳴り、先生が何かを伝えている様子を見ると、どこか怪我をしたようだ。
(ったく…)
天城は、はあとため息を吐くと、すっと席を立った。
「天城?どうかしたのか?」
黒板に向かって、歴史の年代を書き込んでいた先生が振り返った。
「ちょっと具合が悪いので、保健室へ」
「おい!大丈夫か!どこが悪いんだ?」
そう言ったのは、先生ではなく蓮見だった。
「俺も行こうか?」
「一人で行けるか?」
蓮見の言葉を無視し、先生が言った。
「一人で行けます」
「俺も!先生、俺も海斗の付き添いで!」
「蓮見、お前は席に着け」
一連のやりとりを背中で受け止めながら、天城は教室を後にした。保健室までの道のりが遠く感じる。少し歩く速度が早くなったものの、保健室の手前で足を止めた。
ふと不安になった。
最近では、どんなに話を聞く姿勢を見せても、断固として隠していることを教えてくれない。
保健室まで押しかけた自分を見て、迷惑がられたらどうしようと考えてしまう。
(拒否されるのが怖いのか、俺は)
しかし、拳をぎゅっと握り締めると保健室のドアに手をかけた。
「あら、天城くん」
保健室の先生はすぐに気がつき、一番奥のベッドを指さした。
「さっき、寝たばかりのようだから、静かにね」
小声でそう注意されたあと、ゆっくりとベッドに近づき、カーテンを引いた。
相変わらず青白い顔をしている小柄の白石が静かに眠っていた。悪夢を見ているのか、眉間には皺が寄っている。近くにあった椅子に座り、天城はじっと眠っている元婚約者の顔を見つめた。
「元、婚約者か…」
半ば自嘲気味に天城は、はっと息を漏らした。
本当はもっと違う結果を予想していた。婚約破棄をすると言えば、絶対泣き崩れて懇願するか、親に何とかしてもらおうと行動に移すかだと思い込んでいた。しかし、現実は全く違った。
「あんなにあっさり、受け入れるなんてな…」
ぼそりと呟くと、隣のカーテンが開かれ、五十嵐が顔を出した。
「後悔してるでしょ?」
「何を」
全く驚く様子を見せずに、天城は言った。
「またまた~。婚約破棄したこと」
天城は答えなかった。というより、答えられなかった。
自分の気持ちがまだよく分からない。
昔は本当に憎くて仕方なかった。毎日付きまとわれてうんざりしていたし、顔を見るだけで嫌悪感を覚えることも多々あった。しかし、今は心のどこかで、あの日のことをなかったことにしたいと思っている自分がいることも事実だった。
「気になるんだ、白石ちゃんのこと」
「は?なんだそれ」
天城は眉をしかめた。
「そういうお前はどうなんだ?」
五十嵐は前髪をかきあげた。くっきりとした二重に青い瞳が面白そうに細められる。
「気になるね。とっても」
天城の眉間にさらに皺が寄った。
「でも恋愛感情というより、近所の猫みたいな」
何やら胸の奥がもやもやする。
五十嵐の言葉にイライラするのか、自分の声が聞こえると必ず反応していた白石でなくなったせいでイライラするのかは、区別がつかない。
この場から離れようと、椅子から立ち上がった時、細い腕が伸びてきて手首を掴んだ。
一瞬ぎくりとしたが、ただ寝ぼけているだけだと分かると、そのまま椅子に腰を下ろした。
「あれ、戻らないんだ?」
からかうように五十嵐が言うと、天城は眉をひそめた。
「強く掴まれている」
当たり前だが、か弱い手に掴まれているのでは簡単に振りほどける。しかし、心のどこかで目覚めるまで側にいたいと思っている自分がいた。
白い細い手が、必死に自分に掴まってくれると思うと、心の奥が何か温かいものが流れた。例え、目覚めている時は一瞬たりとも頼ってくれなくても、眠っている今この瞬間は、自分の近くにいる気がした。
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