悲劇のフランス人形は屈しない2
午後になると雨は止んだが、未だに黒い雲が空を覆っていた。
「ここなら、人は来ないわね…」
私は辺りをきょろきょろと見渡し、人気がないのを確認した。食堂の建物の後ろ、漫画では白石透が一人でランチをしていた場所の一つだ。建物の陰になっており、通り過ぎる人には見つかりにくい。ベンチとゴミ箱だけが置いてあり、居心地が良いとは言えないが仕方ない。
「ここで食うの?」
食堂のご飯が美味しいと聞いていた榊は、どこか不服そうに言った。
「今日だけ、我慢して」
そう言って、さっき買ったサンドイッチを榊に渡す。
「明日からは、私に話かけないで」
「なんで?」
私の隣に並び、ベンチに座りながら榊が聞いた。
その質問を無視して、私はサンドイッチを頬張った。
「それにしても久しぶりだね。アメリカに帰るって言ってなかったっけ?」
一切れを食べ終わり、私は言った。
「帰ったよ。こっちに戻って来るつもりもなかった」
(確かに、そんなこと言ってたな…)
遠い記憶になりつつあるが、帰国前に一度だけ、二人でバスケの試合をしたことがあった。しかし、身長差があるせいか、元バスケ部の榊相手に点を取られっぱなしだった。
悔しかった気持ちが込み上げてくるのを、ぐっと我慢する。
「それで、何があって帰国を?」
「ああ。親父とちょっと揉めた」
思わず私の頬が緩んだ。
(反抗期か。可愛いな)
「大丈夫なの?」
「今の俺じゃ、親父に逆らう力は持ってない。そのせいで、アイツも巻き込んでしまったし…」
(アイツ…?)
苦しそうに話す榊に、それ以上詮索は出来ず、私はまたサンドイッチを頬張った。
「今も幸田さんのところ?」
話題を変えようと私は切り出した。榊は前を向いたまま、頷いた。
「しばらく世話になる予定」
「そう」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
予鈴の音が構内全体に響き渡り、私は立ち上がった。
「じゃ、先に行くわ」
榊が顔を上げた。
「また榊に会えて嬉しいけど、学校では今後一切、私に関わらないで」
「なんで?」
榊が純粋に質問をしているのが分かった。
「きっと痛い目に遭うから」
「は?」
訳が分からないと顔をしかめている榊に、私は背を向けた。
「じゃ」
私は早足でその場を離れた。
榊がどの程度の金持ちなのかは分からないが、西園寺の手にかかれば彼もきっとどこか遠くの山奥に飛ばされてしまうだろう。
折角のバスケ仲間を失いたくない、と私は榊を守る決心を固めた。
しかし、そんな気持ちは当の本人には全く通用しなかった。

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