悲劇のフランス人形は屈しない2

蘇る記憶

「白石。白石さん。透さん。透。透ちゃん」
ひとしきり名前を呼び、私の関心を向けようとする榊に私は朝からイライラしっぱなしだった。榊が転校してきたその日に、私は妹にその出来事について伝えた。妹の喜びもひとしおだった。私同様、その榊という「歪み」を機に、ストーリー全体が好転するのではと期待している。
しかし、私はうんざりと横目で榊を見た。
(コイツがキーパーソンになる気がしない)
悪化もしなければ、好転も望めないとしか思えないのは何故だろう。本編とは全く異なる展開になったのに、なぜか心の底からは喜べない。
「るーちゃん」
榊がふとその名を呼び、私は表情を変えた。
「お。やっと反応したな」
「な、なんでその名…」
白石透を「るーちゃん」と呼ぶのは、現世でも一部の透ファンしかいなかった。つまり、この世界では、私しかいないことになる。
「なんでって、自分で言ってたじゃん」
「私がいつ…」
反論しようとしたが、藤堂や郡山そしてその他のクラスメートが私たちを見ているのに気づき、私は教科書に視線を戻した。
教室内を一瞬で凍り付かせた、真徳生にはあるまじき風貌の榊と話す私を、周りはどう思っているのだろう。
(藤堂から西園寺に、榊の情報が渡る可能性がある…)
私は小声で榊に言った。
「だから、学校では話かけないで」
「なんで?」
声量を全く変えずに、榊は聞き返す。
「事情があるの!」
榊の方を見ずに小声で伝える。
(転校早々また転校なんてことになったら、私が辛すぎる…)
「ふうん。あ、そうだ。今日ヒマ?」
何も伝わっていないし、聞く気もない榊は話題を変えた。
「コウちゃんが、最近お前に会えてないって言ってたから、今日連れて来るって言っちゃった」
(もう言ったんかい!)
悪気なさそうに言う榊に思いっきり突っ込みたかったが、ぐっと堪える。
「行けるだろ?拓也も最近バスケ出来なくて寂しいって言ってたし」
私は藤堂たちがこちらを見てないことを祈りながら、頷いた。しかし、その動作を見てないのか榊は更に声を大きくして聞いた。
「なあ、行けるよな?」
「行くから!今は静かにして!」
私は出来る限り小声で叫びながら、榊を睨んだ。
榊は面白がるようににやりと笑った。
(こ、こいつワザとだな…)
今すぐ飛びかかってやりたい気持ちを抑える為に、私は何度か深呼吸を繰り返した。その隣で、榊は相変わらず楽しそうにしていた。
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