悲劇のフランス人形は屈しない2
「おーい、帰るぞ」
何も入っていない軽そうな鞄を肩にかけながら、榊が言った。一方で私は、全ての教科書を持ち帰る為、忘れ物がないか引き出しの中やロッカーを確認していた。
(隠されたりボロボロにされると、後が面倒なんだよ)
以前、置き忘れた教科書は、ボロボロになって机の上に放置されていたことがあった。新しい教科書が届くまで、先生から借りる羽目になり、それはそれで面倒だった。
「それ全部持って帰るの?」
ずっしりとした鞄を見ながら榊が、眉を寄せた。
「重くね?あ、筋トレ?」
「まあね」
まだちらほらと生徒が残っている教室から、私はそそくさと出て行く。その後ろから、気持ちを全く持って読み取ってくれない榊が「待てよ~」と言いながら追いかけて来た。
「なんでそんな駆け足なの?」
私は思い切り早歩きをしているつもりだが、身長が30センチも違う榊は優雅に歩いているだけだ。
「あんたと二人のところを見られたくないからよ」
「なんで?」
私は無言のまま、平松のいる車へ飛び乗った。安心したのもつかの間、榊は反対側に回り込み、車の中まで入って来た。
「ちょ、ちょっとなんで。一緒に行くなんて言ってないでしょ」
「一緒に行った方が早いだろ。平松さんに会うのも久しぶりだし」
状況を楽しんでいる榊は、運転席にいる平松に向かって言った。
「ね。平松さん」
てっきり迷惑がるかと思ったが、平松は丁寧に頭を下げた。
「ええ。お久しぶりですね。帰国されたんですか?」
そしてぽかんとしている私を置いて、二人は会話を楽しんでいる。
「先月末辺りに帰国したんすよ」
「ちょ、ちょっと待って。二人は知り合いなの?」
私は二人の間に割って入った。
「え?」
「は?」
二人が同時に顔を合わせた。私の知らない何かが起きている。
「やっぱ何も覚えていないのか」
「あれほど、ぐでんぐでんに酔っていたら、そうかもしれません」
平松がため息を吐いている。
「え…」
(酔った?私が?いつ?)
「元旦のこと覚えてない?もはや歩けないお前を送る方法がなくて、休日なのに平松さんを呼び出したんだよ、俺が。思い出した?」
「あの時は本当に参りましたね」
「その説は、どうも助かりました」
二人の会話がどんどん遠くなって行く。
(私がお酒を飲んだの…?元旦に…?)
蓋をしていた記憶がどんどん明るみに出て来るのを感じた。
(独りぼっちで年越しをしていて、いつもの癖で、コンビニで追加のお酒を買って来ようとして…)
忘れていた記憶がだんだんと蘇る――
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