悲劇のフランス人形は屈しない2
元旦を避けたとは言え、まだ三が日の真っただ中のせいか神社内は参拝客でいっぱいだった。その中でもなぜか若者の姿が目立つ。カップルで来ている学生も多いが、友人同士も多かった。
「清水谷神社は、真徳学生に人気。なぜか」
辺りをきょろきょろと見渡している私に、五十嵐が隣でぼそりと言った。
「あと真徳に受かりたい学生もここに来るらしいよ」
「なるほどね」
ここまでの人数が真徳生になりたいと思っているかは、定かではないが、真徳高校に憧れを抱いている生徒が多いのも事実な気がした。
(伊坂さんも去年来ていたのかな)
胸の奥が少し痛んだ。
少し前を歩いていた西園寺の後ろ姿を見つめる。
(突然の転校の裏には絶対に彼女がいる…)
妹がハッキングした監視カメラの映像から、分かったことがもう一つあった。
クリマスパーティーの日に空き教室にいた、西園寺と彼女の付き人。そして、その付き人こそが、体育祭の日に伊坂に接近していた人物だったのだ。
絶対とは言えないが、あの時の映像と比較してみると姿形はそっくりだった。
―貴女は孤独でいなきゃ
藤堂の言葉がふと脳裏によぎった。
(白石透を一人にするために伊坂さんに手を出した)
西園寺にそこまで根回しが出来る力を持っているのか、学校までも動かす力があるのか、疑わしいが、考えられるのはそれしかなかった。
その時、西園寺が振り返り、私はぎくっと肩を強張らせた。
「五十嵐さま」
落ち着いたトーンで西園寺が言った。
「歩くのが少し大変ですの。手を貸していただけません?」
五十嵐は無言で、西園寺の腕を取った。
私は西園寺の瞳が意地悪く細められたのを見て確信した。
(やはり、白石透の周りから人を消すのが目的か)
その時、頭がピリッと痛んだ。
久しぶりの「記憶」の感覚に私は思わず顔をしかめた。
自分の意志とは関係なく、声が頭の中に流れ込んでくる。
『どうして、貴女が天城さまの隣にいるのかしら?』
『ど、どうしてって。婚約者だから…』
『汚い手を使って無理強いさせたくせに、本当に卑しい人ね!迷惑がられているのが分からないの?』
『そ、そんな。私はただ…』
『貴女を見るだけで虫唾が走るわ。彼に近づかないで頂戴』
『や、やめて下さい!』
そして、水がはねる音が聞こえた。
『彼は私のものよ。誰の手にも渡さない!』
『さ、西園寺さま…』
『今すぐ彼と別れて。これが最終通告よ』
音が少しずつ薄れて行き、白石透のすすり泣く声だけが最後まで聞こえた。
私はこめかみに手を当てたまま、その場で立ちつくしていた。
「記憶」の中では、白石透と天城はまだ婚約関係にいた。
しかし、現実では既に解消している。
(ズレが生じているにも関わらず、そのままストーリーは続くの?)
背筋がぞっとした。
行動を変えれば、周りに少しでも変化が起きれば、ストーリーも自然と変わると信じていた。だから、最近「記憶」がなかったのは、ストーリーが多少なりとりもいい方へ変化しているからだと勝手に思い込んでいた。
しかし、今回の「記憶」によると、歪みが生じた場合でも、ストーリーは元に戻そうと働きかけようとしている。
(妹の言う通りだ…)
私は呆然とした。
(何も変わっていない)
心のどこかで、少しは変化が起きていると感じていた。仲良くなったジムの幸田や榊など漫画にない人物が登場しつつあるのも記憶に新しい。
しかし、関わってくる人物は、ストーリーに変化を与えない程度に出て来るだけなのだ。
まどかや平松もいつかは裏切るのだろうか。そして最終場面の大怪我も絶対に免れないのか。
(そうだとしても…)
私は拳を強く握りしめた。
(私の目的は変わらない)

「何してんの」
突然後ろで声がした。
振り向くとそこには、黒いダウンに身を包んだ天城が立っていた。寒そうにポケットに両手を突っ込み、灰色のマフラーに顔を埋めている。
(そうだ、コイツもいた)
私はまじまじと天城の顔を見つめた。
依然として表情からは何も読み取れないが、態度や纏う空気は転生直後より柔らかくなった気がする。
(ストーリーに歪みが生じて何かが変化したと思ったけど。気のせいか?)
「先、行く」
天城の一言で私は我に返った。
「ええ」
(だって、初期設定は誰も壊すことの出来ない壁…)
天城がその場を離れ、私は一人冬空を仰ぎ見た。
雲一つない晴れ晴れとした青空が広がっているのに、私の心は曇りの日のように暗くて重苦しい。
(どのキャラクターも負の感情を持つ前にどうにかすれば、問題ないと思っていけど。もはや私の推測も当てにならない気がしてきた)
「妹まで原作に引き戻されたら立ち直れないなー」
太陽の光を顔に浴びながら、私は瞼を閉じた。
頭の中を色々なことが廻っている。既に起きたことや、これから起きることと。そして絶対に回避したいこと。しかし、現在の記憶で上書きされているせいか、漫画の細かい内容はどんどん思い出せなくなってきている。
「なんか、面倒臭っ!」
私は目を開けた。
考えなきゃいけないことが多すぎで、頭がショートしそうだ。
「やめやめ。帰ろ」
考えがまとまらない時や行き詰った時は、体を動かして発散するに限る。家に帰ろうと、踵を返し、正門へと体を向けた。
(蓮見とは顔を合わせたし、母親に文句言われることはないでしょう)
半ば安心しながら、砂利道を歩いていると。
「どこ行くの」
いつの間に戻って来たのか、天城が後ろから声を掛けて来た。
「ええっと…」
何か言い訳を考えている隙に私の腕を掴み、半ば強制的に神社の方へと連れて行かれる。神社内ではぐれたことにしようとしていた作戦はいとも簡単に崩れた。
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