悲劇のフランス人形は屈しない2
ありがいことに、修学旅行一日目は、何の問題もなく過ぎた。そして、班行動がメインとなる二日目がやって来た。先生がコピーしてくれた旅程表によると、藤堂がリーダーを務める私たちのグループは9:30に旅館のロビーに待ち合わせのはずだった。しかし、いくら待てどメンバーが現れる気配が一向にない。
(まあ、置いて行かれるのは知っていましたけれども)
私はロビーの椅子に座りながら、ため息を吐いた。
(本当にされると傷つくもんだね)
ホテルにいる最後の一人となり、先生が私に近づいた。
「おい、仲間はどうした?」
「私のこと忘れてしまったようです」
先生はどこか落ち着かないように、頭を触った。
「参ったな。先生、これから各ポイントで待たないといけないんだが」
「大丈夫です。私、一人で行けますから」
「そうか?」
どこかホッとしたような表情で先生は言った。
「何かあったら先生に連絡しろよ。あと、藤堂たちにも連絡して、どこで落ち合うか決めなさい」
途中で落ち合えるなら、最初から置いて行かないだろうが、それについては黙っておいた。
「ええ。そうします」
「じゃあ、気をつけてな」
私は軽くお辞儀をし、外へ出た。
(これで、私が一人で行動していても怪しまれない)
私はうーんと伸びをした。今日も気持ちが良いほどに晴天。なんだか良いことが起きそうだ。
「さて、どこに行こうかな」
私は手に持っていたガイドブックを開いた。
「藤堂たちに会わないようにしたいし、西園寺も避けたいな」
班行動での話し合いの時に、まるで私は空気のように扱われていたが、その分皆の話を注意深く聞けていた。藤堂は、どうしても縁結びの神社を回りたいらしい。今想い人がいるが、中々振り向いてくれないからだそうだ。
(天城か蓮見だな…)
藤堂が絵馬に二人の名前を書く姿を想像する。
(そこには居合わせたくない)
私は地図上の主要な縁結び神社にバツと書き込んだ。
しかし、どうしても行きたい場所があった。そこは、修学旅行生にも真徳生にも人気があり、皆が行きたがるスポットだ。高確率で藤堂や西園寺に遭遇する可能性もある。
「しかし諦めきれない…」
赤い鳥居が幾重にも並ぶという圧巻的な情景。
「伏見稲荷、行っちゃお!」
私は意を決して、初めての一人観光である伏見稲荷へと向かった。
「ふおおお。これが千本鳥居!」
頭上にそそり立つ赤い鳥居の前に立ち、私は小さく叫んだ。幾重にも連なる鳥居の隙間から、太陽の光が差し込み、細い光の道を作っている。一度は写真やテレビで見たことがある場面なだけに、感動もひとしおだった。
死ぬ前に行きたい場所の一つとして掲げていた神秘的な場所。まさか、二度目の生きるチャンスを与えられ、訪れられたなんて誰が想像できただろう。
(るーちゃん、ありがとう!)
心の中で思い切り感謝をしながら、幻想的な雰囲気を醸し出す鳥居の中へと足を運んだ。しかい数分歩いたところで、私の勢いは衰えた。
(そろそろ戻ろうかな…)
私は長いゆるやかな階段が続く先を見ながら、足を止めた。
(頂上まで行きたかったけど)
千本の鳥居を抜けた先には奥社奉拝所があるとガイドブックには書いてあった。そこまで、登るつもりだったが、とにかく学生たちが多すぎる。この大人数がひしめき合う中歩くのは中々骨の折れるものがあった。
私は諦めて、入り口へと帰る人たちの波に乗りながら、階段を下りて行った。伏見稲荷大社の参道入り口まで戻ってくると、良い匂いが鼻をくすぐった。途端に、お腹が空いてくる。土産屋をのぞきながら、何を食べようかと考えていると、あるスイーツが目に入った。私はすぐさま、店頭にいるおばちゃんに声を掛けた。
「豆腐ソフトクリーム、一つ下さい!」
「豆腐のソフトクリーム、一つお願いします」
二つの声が重なった。私は驚いて横を見ると、相手も驚いているようだった。
「はいはい。豆腐ソフト二つね」
おばちゃんは笑いながら、二人の注文を一気に受ける。
「あ。貴女は…」
「この前の…」
また言葉が重なった。セーラー服を着た女子生徒は目を丸くしたままだ。
「怪我は…?」
私は視線を下に移し、膝がちゃんと手当されているのを認めた。
「…大丈夫」
二人の間に気まずい沈黙が流れ、私は何か言おうと口を開いた時、おばちゃんが言った。
「はい。豆腐ソフト、お待ちどうさま」
お金を払い、ソフトクリームを受け取った。
辺りを見渡しながら、どこかゆっくり食べられるところはないかと探していると、女子生徒が私の肩を叩いた。
「あそこ、人がいない」
「どこ…?」
私が分からずにいると、女子は私の手を取って歩き始めた。そして、道の少し外れた場所へと誘導した。少し土産屋スポットから離れているせいか、生徒の人数もまばらだった。私たちは、通る人の邪魔にならないように壁際に背中をつけ、今しがた買ったばかりのソフトクリームに口を付けた。
「ん!めっちゃ豆腐!」
「思ったより豆腐!」
またもや私たちの声が重なった。
見た目は普通のソフトクリームと変わらないのに、口の中に広がる味は優しい豆腐の味だった。
私たちは顔を見合わせ、笑った。
「さっきから、被るね」
私がそう言うと、セーラー服の彼女も楽しそうに頷いた。初対面の無表情からは想像も出来ないほど、可愛らしい笑顔だった。
「そっちも修学旅行中?」
彼女が聞き、私は頷いた。
「そう。京都で三泊」
「うちは、奈良に行ってからの、京都」
「へー。奈良も行ってみたかった」
他愛のない会話をしながらも、豆腐のソフトクリームを食べる手を休めない。
「今は自由行動?」
食べ終わったゴミを丸めながら、黒髪の女子は聞いた。私はまたもや頷く。
「班行動じゃないんだ?」
私は答えに詰まった。先に行かれたと言っても問題ないが、初対面の人に気を使われるのも何か心苦しい。
私の沈黙から察したのか、女子は言った。
「良かったら、一緒に回らない?」
思いがけない彼女の申し出に、私の京都観光はさらに楽しいものとなった。
(まあ、置いて行かれるのは知っていましたけれども)
私はロビーの椅子に座りながら、ため息を吐いた。
(本当にされると傷つくもんだね)
ホテルにいる最後の一人となり、先生が私に近づいた。
「おい、仲間はどうした?」
「私のこと忘れてしまったようです」
先生はどこか落ち着かないように、頭を触った。
「参ったな。先生、これから各ポイントで待たないといけないんだが」
「大丈夫です。私、一人で行けますから」
「そうか?」
どこかホッとしたような表情で先生は言った。
「何かあったら先生に連絡しろよ。あと、藤堂たちにも連絡して、どこで落ち合うか決めなさい」
途中で落ち合えるなら、最初から置いて行かないだろうが、それについては黙っておいた。
「ええ。そうします」
「じゃあ、気をつけてな」
私は軽くお辞儀をし、外へ出た。
(これで、私が一人で行動していても怪しまれない)
私はうーんと伸びをした。今日も気持ちが良いほどに晴天。なんだか良いことが起きそうだ。
「さて、どこに行こうかな」
私は手に持っていたガイドブックを開いた。
「藤堂たちに会わないようにしたいし、西園寺も避けたいな」
班行動での話し合いの時に、まるで私は空気のように扱われていたが、その分皆の話を注意深く聞けていた。藤堂は、どうしても縁結びの神社を回りたいらしい。今想い人がいるが、中々振り向いてくれないからだそうだ。
(天城か蓮見だな…)
藤堂が絵馬に二人の名前を書く姿を想像する。
(そこには居合わせたくない)
私は地図上の主要な縁結び神社にバツと書き込んだ。
しかし、どうしても行きたい場所があった。そこは、修学旅行生にも真徳生にも人気があり、皆が行きたがるスポットだ。高確率で藤堂や西園寺に遭遇する可能性もある。
「しかし諦めきれない…」
赤い鳥居が幾重にも並ぶという圧巻的な情景。
「伏見稲荷、行っちゃお!」
私は意を決して、初めての一人観光である伏見稲荷へと向かった。
「ふおおお。これが千本鳥居!」
頭上にそそり立つ赤い鳥居の前に立ち、私は小さく叫んだ。幾重にも連なる鳥居の隙間から、太陽の光が差し込み、細い光の道を作っている。一度は写真やテレビで見たことがある場面なだけに、感動もひとしおだった。
死ぬ前に行きたい場所の一つとして掲げていた神秘的な場所。まさか、二度目の生きるチャンスを与えられ、訪れられたなんて誰が想像できただろう。
(るーちゃん、ありがとう!)
心の中で思い切り感謝をしながら、幻想的な雰囲気を醸し出す鳥居の中へと足を運んだ。しかい数分歩いたところで、私の勢いは衰えた。
(そろそろ戻ろうかな…)
私は長いゆるやかな階段が続く先を見ながら、足を止めた。
(頂上まで行きたかったけど)
千本の鳥居を抜けた先には奥社奉拝所があるとガイドブックには書いてあった。そこまで、登るつもりだったが、とにかく学生たちが多すぎる。この大人数がひしめき合う中歩くのは中々骨の折れるものがあった。
私は諦めて、入り口へと帰る人たちの波に乗りながら、階段を下りて行った。伏見稲荷大社の参道入り口まで戻ってくると、良い匂いが鼻をくすぐった。途端に、お腹が空いてくる。土産屋をのぞきながら、何を食べようかと考えていると、あるスイーツが目に入った。私はすぐさま、店頭にいるおばちゃんに声を掛けた。
「豆腐ソフトクリーム、一つ下さい!」
「豆腐のソフトクリーム、一つお願いします」
二つの声が重なった。私は驚いて横を見ると、相手も驚いているようだった。
「はいはい。豆腐ソフト二つね」
おばちゃんは笑いながら、二人の注文を一気に受ける。
「あ。貴女は…」
「この前の…」
また言葉が重なった。セーラー服を着た女子生徒は目を丸くしたままだ。
「怪我は…?」
私は視線を下に移し、膝がちゃんと手当されているのを認めた。
「…大丈夫」
二人の間に気まずい沈黙が流れ、私は何か言おうと口を開いた時、おばちゃんが言った。
「はい。豆腐ソフト、お待ちどうさま」
お金を払い、ソフトクリームを受け取った。
辺りを見渡しながら、どこかゆっくり食べられるところはないかと探していると、女子生徒が私の肩を叩いた。
「あそこ、人がいない」
「どこ…?」
私が分からずにいると、女子は私の手を取って歩き始めた。そして、道の少し外れた場所へと誘導した。少し土産屋スポットから離れているせいか、生徒の人数もまばらだった。私たちは、通る人の邪魔にならないように壁際に背中をつけ、今しがた買ったばかりのソフトクリームに口を付けた。
「ん!めっちゃ豆腐!」
「思ったより豆腐!」
またもや私たちの声が重なった。
見た目は普通のソフトクリームと変わらないのに、口の中に広がる味は優しい豆腐の味だった。
私たちは顔を見合わせ、笑った。
「さっきから、被るね」
私がそう言うと、セーラー服の彼女も楽しそうに頷いた。初対面の無表情からは想像も出来ないほど、可愛らしい笑顔だった。
「そっちも修学旅行中?」
彼女が聞き、私は頷いた。
「そう。京都で三泊」
「うちは、奈良に行ってからの、京都」
「へー。奈良も行ってみたかった」
他愛のない会話をしながらも、豆腐のソフトクリームを食べる手を休めない。
「今は自由行動?」
食べ終わったゴミを丸めながら、黒髪の女子は聞いた。私はまたもや頷く。
「班行動じゃないんだ?」
私は答えに詰まった。先に行かれたと言っても問題ないが、初対面の人に気を使われるのも何か心苦しい。
私の沈黙から察したのか、女子は言った。
「良かったら、一緒に回らない?」
思いがけない彼女の申し出に、私の京都観光はさらに楽しいものとなった。