悲劇のフランス人形は屈しない2
「私はずっと天城さまだけをお慕いしていたのに…」
涙声の西園寺が言った。
「西園寺、お前は特別だ」
さきほどの言い方から一転して、少し柔らかい声で天城は言った。
「だけど、お前は恋愛対象にはならない」
西園寺が鼻をすする音が聞こえた。
「白石家の力が強いからですの?」
声に力を取り戻した西園寺が言った。
「あの家に脅されているの?それなら私が、西園寺家が何とかしますわ!」
「何を…」
天城が呆れたようにため息を吐いた。
「だってそうでないと理由が付かないもの!あなたが…、あなたがあの時のことを後悔しているだなんて!」
「今は何を言っても無駄だ。もう、部屋に戻った方がいい」
天城が西園寺を扉の方へ誘導する音がする。
「長いこと壮真も待たせているし、そろそろ点呼の時間だ」
「天城さま!やはり、白石が…」
しかし、会話はそこまでとなった。
代わりに「さみー」と言いながら部屋に入って来た蓮見の声が聞こえた。
「悪かったな」
天城が謝っている。
「もう、大丈夫みたいだね」
五十嵐が後ろでそう言い、私は布団から顔を出した。やっと新鮮な空気が肺いっぱいに吸える。
(もう二度と、もう二度と、布団に隠れたくない…)
深呼吸を繰り返しながら、私はそう心に誓った。
「何してんの?」
顔を上げると、眉間に皺を寄せている天城が私を見下げていた。強い眼力から、かなり苛立っているのが分かる。
「な、何って…」
私は焦った。
(え、怒ってるの?西園寺との話を聞いていたから?でも、あれは仕方ないというか、他に逃げ道がなかったからで…)
「あの、盗み聞きしたのは不可抗力では…?」
「お前じゃない。そっち」
天城が指さした方を見ると、私のお腹辺りにまだ五十嵐の腕が巻き付いていた。
「えーだって。良い抱き枕だから、つい」
「ついじゃない」
天城は乱暴に五十嵐の腕を引きはがし、私を解放した。
(あまりに自然すぎて気がつかなかった…)
学生時代は、女子の友だちがいつも私の腰回りに抱き着いていた。身長が大きいから安心するとか何とか言って。
「お前も、警戒心なさすぎ」
突然怒りの矛先が私に向いた。
「え、私…?」
「のこのこ男子部屋に来て、こいつと同じ布団に隠れるとか」
「の、のこのこ…?」
「もっと自覚持ったら?」
天城は大きくはあとため息を吐くと、布団に寝転がった。
この人は、私をけなすときだけ口数が多くなるのだろうか。
(わ、私だって来たくて来た訳じゃないんですが!)
そう言い返したい気持ちをぐっと堪え、何事もなかったように本を読み始めた天城を思いっきり睨みつけた。
(るーちゃんも西園寺もコイツのどこが好きなの?)
イライラする気持ちを押さえ、心を落ち着かせるために一度息を吐き出してから言った。
「部屋に戻るわ」
そう言ったのと、部屋のノックの音が同時だった。
「おーい。寝る時間だぞ!全員いるか?」
私はまたもや腕を引かれ、布団の中に押し込められた。
(…また布団!)
今度は蓮見が素早く動いた。先生が中に入って来ないように入り口で見張り役を担ってくれている。
「全員いますよ、ほら」
「ああ、この部屋は三人だったな。ラッキーだな」
「そっすね」
「別部屋の男子は来てないのか?」
「来てないっすよ~。さっきまで隣で枕投げしてました。集まるなら向こうだと思います」
「隣か。分かった、お前らも早く寝ろよ。こっちも出来るだけ見回りはしたくないんだから」
「お疲れっす~!」
蓮見の明るい声が響き、扉に鍵をかける音がした。
「焦った~」
壁にもたれ、ずるずると下に向かって座りながら蓮見がため息交じりに言った。
「なんで白石ちゃんが来るとこんな波乱万丈なの?」
今度は真ん中の布団から出て来た私に目を向ける。
「私が聞きたいわ」
そう呟きながら、私はハッとした。
(ちょっと待って。今、点呼しているなら帰るなら今なんじゃないの!)
すくっと立ち上がった私の腕を天城が掴んだ。
「今戻ったら、見つかるぞ」
「そんなことは…」
しかしちょうどその時、隣の部屋から騒がしい声が聞こえて来た。見回りの先生と複数の生徒がどうやら揉めているようだ。
「これは、しばらく難しそうだね」
蓮見を挟んだ向こうで五十嵐が眠そうに言った。
「嘘…」
「この階の点呼が終わった頃に、教えてあげるよ」
蓮見が私を安心させるように笑った。
(蓮見…!)
確かに廊下に出る時に見つかったら元子もない。ここは蓮見を信じよう。
(蓮見、頼れるのはお前だけだ!)
感極まって私は蓮見の手を取るところだった。
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