悲劇のフランス人形は屈しない2
「おい、起きろ」
肩を揺さぶられ、私は薄目を開けた。何か温かいものに包まれて良い夢を見ていた気がする。
「もう少し…」
私はまだ重い瞼に抗えず、もう一度目を閉じた。
「こうやって人にくっつくのが趣味なの?」
どこか苛立ちを含んだ声が降って来て、私はガバッと起き上がった。
明るい光が差し込むリネン室では、自分の状況がはっきりと見て取れた。
私は天城にしがみつくようにして寝ていたらしい。四方を洗い立てのシーツや布団で囲まれており、二人は至近距離にいた。
「ひっ、すみません!」
私は慌てて天城から体を離すと、勢いよく後ろのリネンの塊にぶつかった。そしてその反動で、上からいくつものシーツやらタオルが雪崩のように落ちて来た。私はあっという間に、リネンの中に埋まった。もがきながら空気を求める私を傍目に、天城は助ける気配は一向にない。
(私、こうやって死んだんだっけ…)
ふとタオルの山の下でそんなことを考える。
(今回は柔らかいもので良かったわ)
やっとのことで、シーツやタオルをどかし、崩してしまった申し訳なさから丁寧に畳み直していると、顔を背け、肩を震わせている天城に気づいた。
「いい加減、笑い止みなさいよ」
余程私がタオルの下敷きになったのが面白かったのか、一向に笑い止む気配はない。
私は天城を無視し、高い位置にある窓を仰ぎ見た。
「今、何時かしら」
差し込む光の加減から見るに、まだ朝も浅いようだ。
「そろそろ出ていいかな…」
たたみ終わったタオルを横に置き、私はドアに手をかけた。その手に、天城の手が重なった。
私は振り返り、やっと無表情に戻った天城の顔を見つめた。
「なに?」
「昨夜のことだけど」
天城が言った。
「昨夜?」
私が首を傾げると、途端に天城の眉根に皺が寄った。
「覚えてないの?」
(昨夜、何かあった?ここに来てすぐ寝ちゃった気がする)
「何かありまして?すぐ寝て…」
ここまで言いかけた時、額に痛みが走った。
「痛っ…」
(こ、このクソガキ。またデコピンしやがった…)
「覚えてないならいい」
完全に不機嫌になった天城は、さっと立ち上げると、私を置いて自分の部屋へと戻って行った。
「アイツの沸点が分からん…!」
私は口の中で呟いた。

朝早くに戻ったからと言って、部屋の鍵が開く訳がない。私は、相変わらず扉が施錠されているのを確認したあと、ロビーで早起きのスタッフにスペアキーを借りた。そして、まだ起きる時間でもないが、大きな音を出してまだ寝ぼけている藤堂たちを叩き起こした。
部屋から追い出された私が元気にしているのも不思議に思っている様子だったが、とにかく私に心理的打撃を与えることが出来ず、悔しがっているのが見て取れた。
「君たち、何かあったでしょ」
数時間後。
土産屋の前で、蓮見がニヤニヤしながら、目を合わせようとしない私と天城を見比べた。
修学旅行三日目も自由行動だったが、清水寺へ行っている時にばったり天城たちを出くわしてしまった。そこからずっと一緒に行動する羽目になった。昨夜、天城と言い争ったのが原因か、朝から西園寺の姿は見えなかった。
「透が消えたの、気がつかなかった」
眠そうに五十嵐が言った。
「して、二人はどこにいたのかい?」
蓮見が天城の肩を組んだ。
「海斗、朝に帰って来たよな?」
「リネン室よ。そこで寝たわ」
私はお土産を見ながら、さらりと言った。特に隠すことなどない。
「へー。それだけ?」
面白がっている蓮見の後ろにいる天城に、私は目を向けた。
「それだけよ。すぐ寝てしまったもの。でも、誰かさんは機嫌が悪いようね」
10歳も年下の子供にデコピンされたくらいで腹を立てるのは、自分でも情けないと思う。
(しかし、本当に天城が読めない!)
分かりやすい他のキャラクターと違って、天城はどこか違う。言動がちぐはぐで、こちらがどうしたら良いものか困惑する。
(漫画ではもっと分かりやすいキャラだったのに)
月日を追うごとに、複雑な性格になるような設定でもされているのだろうか。
(やはり、バグ…!?)
「なんか、真剣に考えてるところ悪いけど」
五十嵐が私の顔を覗き込んだ。
「それ買うつもり?」
そう言われて手元を見ると、奇妙な小さな人形をいくつも掴んでいた。
「あら…」
私は慌てていくつかを棚に戻したが、はたと止まった。豆腐のキャラクターなのか、四角い顔に色の違う着物を着ている。性別も不明で、どこを見ているか分からない目をした表情といい、なぜか可愛いく見えてくる。
(これがブサ可愛いってやつか)
私がまたいくつか手に取り始めたのを見て、五十嵐が聞いた。
「気に入ったんだ?」
「ええ。友人とお揃いで買って行こうかと」
オレンジ色の服を着た豆腐を眺めながら言った。
(未央、気に入ってくれるかな…)
そこで私はふと手を止めた。
奇妙な偶然が重なり出会った未央だが、名前しか聞いていないことに気づいた。通っている学校名も聞いていなければ、会話に夢中になりすぎて連絡先も聞いていない。今日もどこかで会えるかと期待していたが、セーラー服の学生にさえ一度もすれ違わなかった。
(最初は奈良に行ったって言ってたし、もう帰ったかな…)
せっかく仲良くなったのに、もう会えないと思うと一気に寂しさが込み上げた。他校の生徒だから、素を隠す必要もなかった貴重な相手であったというのに。
(いつか、会えると信じて買っておこう)
私は購入決定のキーホルダーを握りしめ、自分用には何色が良いか探す。
(やはりるーちゃん色のピンクかな)
桃色の着物を着ている豆腐をつまみ上げた。
「じゃあ俺、黄色にしよ」
五十嵐が同じキーホルダーの別色を一つ取って言った。
「はい?」
「えー、何それいいな!」
私が五十嵐に何か言おうとしたが、蓮見の大きな声に消された。
「なら、俺はー。緑にする!」
それから後ろにいた天城に声を掛ける。
「お前もお揃いの買う?」
私は天城を見た。無表情からは何も読み取れないが、天城のキャラからして、高校生にもなってお揃いのキーホルダーを持つなんてしないだろう。
しばらくの無言ののち、天城が言った。
「青で」
「だと思ったよ!」
嬉しそうに蓮見が天城の背中を叩いた。
(なに。今の無言は、色を選んでいた間なの!?)
「買って来よーぜ」
私が何か言う前に蓮見は二人を連れて、会計へと向かって行った。
(みんなでお揃いって…)
最近の男子高校生の行動が理解できず、私は思わずため息が漏れた。
「榊が知ったら拗ねるだろうな」
ふと思った。皆が同じキーホルダーを持っているのに、自分の分だけないと知ったらきっと面倒臭いことになるだろう。私は、手前にあった赤い服を着た豆腐を選ぶと、彼らに続いて会計へと足を進めた。
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