悲劇のフランス人形は屈しない2

風邪

「あの母ちゃん、化け物か」
私は机に突っ伏した。
修学旅行から帰宅してから、既に一週間が過ぎようとしていた。その間にも、何度かまどかと接触出来ないか試みたものの、母親はまどかを一人にしないように慎重を期しているようだった。まどかの習い事にも同行し、帰宅するとすぐに私の目に触れないように部屋に追い込んでいる。
「あの暇人め…」
もはや母親からの嫌味や、水やワインをかけられるのは慣れた。しかし、妹から引き離さられるのは我慢がならない。
「まどかが恋しいよ~」
修学旅行で買って来た土産すら渡せていない。旅行前にはあんなに目をキラキラさせていたのだから、土産話も期待しているはずなのに。
「何、独り言?」
隣の席に座った榊が私に声をかけた。
「そう、独り言」
私はそっけなく答えた。
「悩み事でもあんの?聞いてやろうか?」
私は顔を上げ、榊の顔を見た。相変わらず派手な金髪をハーフアップにし、耳にはいくつものピアスが光っている。カラコンを入れた紫の瞳と目が合った瞬間、私は首を横に振った。
「いや、いい」
「あ、お前。今俺の外見で判断しただろ!」
榊が声を上げた。
「こう見えても俺は、聞き上手なんだぞ」
「見たまんまだと思うけど」
私が言うと榊がふうんと嫌味な笑いを漏らした。
「こんな俺に自分の秘密をベラベラ喋っちゃった人は、どこのどいつだっけ?ねえ、凛子ちゃん?」
「ちょっ!声がでかい!」
私は飛び上がり榊の口を塞いだ。
榊は楽しんでいるのか私の手の中で何かモゴモゴ言っている。
「いい加減、その話忘れてくれない?」
「ふに!」(無理!)
その時、チャイムが鳴り先生が入ってきた。
「おーい、席に着け」
私は榊から手を離し、手の平をハンカチで拭くと椅子に座り直した。
「おし、全員いるな。じゃあ、ここからは文化祭委員」
先生がそう言うが早いか、藤堂が立ち上がった。教卓に着くと、教室全体を見渡して言った。
「では、これから文化祭の出し物を決めたいと思います」
(…もう文化祭の季節か)
懐かしい響きに私は頬が緩むのが分かった。クラスや学年の垣根を超えて、学校全体が一体となるお祭りだ。学生時代も、怪力が功を奏して裏方としてかなり役に立った。また、文化祭当日は身長が高いからと男装をさせられ、それもまた女子たちの間で好評だった。
色々なアイディアが上がり、藤堂の取り巻きが黒板に書いていくのを眺めながら私はふと思った。
(しかし…修学旅行から帰ったばかりなのに、忙しいな)
よくよく考えてみると、11月上旬に行われる文化祭まであと3週間ほどしかない。
(勉強する時間あるの?)
大きなイベントである文化祭の準備が近づくと生徒たちは、たちまち学業に手がつかなくなるだろう。
(大丈夫なのかな?)
ぼんやりとそんなことを考えていると、いつの間にか話は進み、クラスメートの多数決により、2-Bはメイド喫茶をすることに決まった。
学業に割く時間がないのでは、という私の心配は杞憂に終わった。というのも、ほとんどの家庭には白石家同様、執事やら家政婦たちがおり、学生に代わって彼らが文化祭の準備を行うという意味の分からないことをやっていたからだ。
(準備が一番楽しいんだけどな~)
学生はというと、全てが用意された形で、当日にクラスごとの出し物を担当するだけらしい。
(なんだかなあ…)
文化祭の準備にあまり関与しない真徳生を見て、呆れかえってしまう。
しかし、校内にクラスの出し物のチラシがあちらこちらに張り出され、プロの手によって精密に作られた「真徳祭」の看板を見た時には、私も興奮が隠しきれなかった。
「とうとう来週ですね、文化祭」
車の中で平松が言った。
「そうね。まどかも来られるといいけど」
「そうですね」
平松の答えを聞くに、それは期待できないらしい。
未だに母親との攻防は続いていた。どうにかまどかに近づきたい私と、それを阻止する母親。彼女の方がいつも上手で、私の行動を把握しその隙をついて、まどかをその場から離れさせる。時折、言い争う声が聞こえたのは、きっとまどかも抗議しているのだろう。しかし、その努力が実ることはなく、まだ修学旅行のお土産は引き出しの中にしまったままだった。
(まだ西園寺は動いていないけど…)
普段は学校にいない西園寺も、一大イベントが近いせいか最近は姿を現すようになった。以前と変わらず天城の隣にいるが、時々一人でいるのも見かけた。
(文化祭には必ず参加だろうな)
大きなイベントは休むことがない西園寺だ。何かを仕掛けてくる可能性はある。今回も、念のため妹に協力をお願いしたいのだが、話す機会が巡って来ない。
私は、はあと大きなため息を吐いた。
「着きました」
車が停まり、平松が言った。
窓の外を見ると、見たことのない豪邸が立っていた。白いモダンな造りの一軒家に、西洋風の大きなバルコニーが目立っている。
「ここは?」
電気が全くついていない真っ暗な家を凝視しながら、私は聞いた。
「あれ、奥様から聞いてないですか?」
平松が振り返った。
何を、と聞くまえに平松が言った。
「天城様宅です」
「はい?」
訳が分からず反応した私に、平松は私に鍵を渡した。
「天城様が風邪を引いているらしいので、お見舞いに行って下さい。こちら合鍵です」
(な、なんで私が…?)
押し付けられた鍵と平松を交互に見つめる。
「天城家にはご本人以外誰もいないみたいです。奥様より看病して来なさいとの伝言です」
「…はい?」
まだ状況が掴めていない私を半ば強制的に下ろすと、平松は非情にもさっさと帰って行ってしまった。
「嘘でしょ…」
私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
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