悲劇のフランス人形は屈しない2
文化祭
文化祭は、金曜と土曜日の二日間で行われる。
休日は、生徒の親や近隣の学校から他校生が訪れる為、大変なお祭り騒ぎになるという。真徳に憧れを抱く学生も多く、真徳生と友達になりたいと狙っている学生や、入学は諦めたが構内を見たいという観光気分の人も訪れるらしい。一日目は、真徳生のみで楽しむ日のため、私はすっかり油断していた。
「チョコケーキセット一つ。ドリンクはアイスのミルクティー」
クラスメートがカーテンの向こうから声を掛けて来た。
案の定、喫茶店で裏方役を任された私は、朝からずっとケーキを切ったり、飲み物を入れたりしていた。ケーキは全て手作りで、クラスメートの知り合いにパティシエがいるのか、プロの味を持って来てくれた。飲み物はスーパーで買ったものを、コップに移し替えるだけの作業だが、朝から注文が絶えず、私の腕は限界を迎えようとしていた。
「おい、大丈夫か?」
榊がカーテンをめくり、顔を出した。
「相当、混んでるぞ」
私は榊の姿を見て、一瞬言葉が出て来なかった。
190センチある身長には似合わないメイド服を着ている。榊と目が合ったが、私はすぐさま手元のカップにミルクティーを注いだ。
「もう出来る」
「おい。目を合わせねえってどういうことだよ」
榊が隣にやって来た。売り物にならないケーキの端っこを指でつまんで食べている。
「いや、刺激的な格好してるなと思って」
「まあな!俺が客寄せをしていると言っても過言ではない」
どこか誇らしげに榊が言った。
「過言でしょ」
木製のお盆に切ったケーキとカップを置き、私は榊に渡した。
「ほら、行って」
「へーい」
榊は素直にそれを受け取ると、生徒で賑わっている喫茶店へと向かった。カーテンが揺れたところから、ちらりと外の様子が見えた。ピンクと水色で統一されたメイド喫茶と化した教室内でフリフリのメイド服を着た数人の女の子が、どこか照れたようにメニューを聞いている。教室の入り口で「こちらで休憩どうですか~?」と藤堂が勧誘している声が聞こえた。
(確かに藤堂はめちゃ可愛い…)
白とピンクのメイド服を身に着けた藤堂は最強の一言だった。立っているだけで、学年関係なく声を掛けられ、そのままこのメイド喫茶に誘導している。スーパーで買った2リットルのミルクティー150円は、コップに注がれるだけで800円まで値上がりする。
(金持ちは金銭感覚が狂いまくってる)
私は次に来た注文のミルクティーを注ぎながら思った。
クラスの出し物で稼いだお金の使い道は、基本的に学校へ寄付されるため、そこまで生徒のモチベーションは高くないと思ったが、このカフェごっこが思いのほかバイトをしたことないお嬢様や坊ちゃんたちに受けたらしい。皆乗り気でカフェを回している。
「白石さん」
お盆を給仕係に渡したところで、一緒にキッチン担当をしていたクラスメートが言った。
「ケーキがそろそろなくなりそうなの。家庭科室から持って来てくれない?」
ケーキを切る手を休めずに女子生徒は言った。
「分かったわ」
私はついでに飲み物の残量も調べる。全体的に残りが少なくなっている。
「飲み物も持ってくるわ」
そう言った時、お腹が鳴った。それを聞いたクラスメートは苦笑した。
「ついでにどこかでランチしてきて。白石さん、朝からずっとここにいるでしょ」
腕時計を見ると、すでに2時を過ぎていた。
文化祭委員だからと、クラスメートの休憩時間も管理していた藤堂により、私はほとんど休憩が取れずにいた。
「そうね。そうさせて頂くわ」
そう言いながら、エプロンを外し、藤堂と鉢合わせないよう後ろのドアを使って外に出た。
単純に計算しただけでも、6時間働きっぱなしである。
「はぁ疲れた・・・」
「あ。白石ちゃーん!」
私が凝った首を回したのと、蓮見が声を上げるのが同時だった。
(この疲れてる時に…)
「どうも、ごきげんよう」
いつのもように挨拶する。黒い服に身を包み、髪をオールバックにしている蓮見は、普段とは異なって見えた。
「今、暇?」
私の目の前で来ると蓮見が聞いた。
「いいえ」
お願いだから放っておいてくれ、と笑顔で答えるが、蓮見にその手は通用しなかった。
「海斗がいなくなっちゃって。探すの手伝ってくれない?」
(なんで私が…)
「凄い迷惑そうな顔してる!」
面白がるように笑った蓮見だったが、小声で深刻そうに言った。
「いやね。海斗、まだ熱下がってないのに文化祭に来ちゃったんだよね」
「なぜ…」
(そんな文化祭好きのキャラだった?)
私は首を傾げる。
「どこかで行き倒れてないか、心配なんだよね」
何かを訴えるような瞳で蓮見が見つめてくる。
「わ、分かったわよ」
渋々、天城探しに賛同すると蓮見はガッツポーズを作った。
「よし、行こう!」
そう言った時、後ろで声がした。
「あれ、どこ行くんだ?」
メイド喫茶から出て来た榊が聞いた。
「休憩がてら人探しに」
私が答えたのと、蓮見が榊のメイド服姿を見て爆笑するのが同時だった。
「お前!似合ってるな!」
「だろ?意外と可愛いだろ?」
褒められてまんざらでもない榊はその場で一回転をしている。
「あの、私の話聞いてます?」
質問して来た本人は、私の回答に全く興味がないようだ。一通り、自分の恰好を見せつけたあと、反対に蓮見をじろじろと見ながら、腕を組んだ。
「もしかして、吸血鬼か?」
「当たり!俺たちのところはお化け屋敷やってるんだ。あとで、来いよ」
「おう!透と行くわ」
榊はそう言いながら私の肩を組んだ。
「遠慮するわ」
「え、何。怖いの?」
私の顔を覗き込みながら榊はからかうように言った。
「怖い訳ないでしょ」
「ふうん?」
何か言いたげに榊が言ったが、私は話題を変えた。
「お腹が空いたわ。何か食べてくる」
「じゃあ、俺も行こーっと」
榊は私の肩から腕を外さずに、半ば強引に歩き出した。
「あなた店番は?」
「誰かしらがやってくれるだろ」
「無責任な」
「あ!おい。天城探しも手伝えよー」
蓮見が後ろから追いかけて来た。
「食ってからな」
私の代わりに榊が答えた。
休日は、生徒の親や近隣の学校から他校生が訪れる為、大変なお祭り騒ぎになるという。真徳に憧れを抱く学生も多く、真徳生と友達になりたいと狙っている学生や、入学は諦めたが構内を見たいという観光気分の人も訪れるらしい。一日目は、真徳生のみで楽しむ日のため、私はすっかり油断していた。
「チョコケーキセット一つ。ドリンクはアイスのミルクティー」
クラスメートがカーテンの向こうから声を掛けて来た。
案の定、喫茶店で裏方役を任された私は、朝からずっとケーキを切ったり、飲み物を入れたりしていた。ケーキは全て手作りで、クラスメートの知り合いにパティシエがいるのか、プロの味を持って来てくれた。飲み物はスーパーで買ったものを、コップに移し替えるだけの作業だが、朝から注文が絶えず、私の腕は限界を迎えようとしていた。
「おい、大丈夫か?」
榊がカーテンをめくり、顔を出した。
「相当、混んでるぞ」
私は榊の姿を見て、一瞬言葉が出て来なかった。
190センチある身長には似合わないメイド服を着ている。榊と目が合ったが、私はすぐさま手元のカップにミルクティーを注いだ。
「もう出来る」
「おい。目を合わせねえってどういうことだよ」
榊が隣にやって来た。売り物にならないケーキの端っこを指でつまんで食べている。
「いや、刺激的な格好してるなと思って」
「まあな!俺が客寄せをしていると言っても過言ではない」
どこか誇らしげに榊が言った。
「過言でしょ」
木製のお盆に切ったケーキとカップを置き、私は榊に渡した。
「ほら、行って」
「へーい」
榊は素直にそれを受け取ると、生徒で賑わっている喫茶店へと向かった。カーテンが揺れたところから、ちらりと外の様子が見えた。ピンクと水色で統一されたメイド喫茶と化した教室内でフリフリのメイド服を着た数人の女の子が、どこか照れたようにメニューを聞いている。教室の入り口で「こちらで休憩どうですか~?」と藤堂が勧誘している声が聞こえた。
(確かに藤堂はめちゃ可愛い…)
白とピンクのメイド服を身に着けた藤堂は最強の一言だった。立っているだけで、学年関係なく声を掛けられ、そのままこのメイド喫茶に誘導している。スーパーで買った2リットルのミルクティー150円は、コップに注がれるだけで800円まで値上がりする。
(金持ちは金銭感覚が狂いまくってる)
私は次に来た注文のミルクティーを注ぎながら思った。
クラスの出し物で稼いだお金の使い道は、基本的に学校へ寄付されるため、そこまで生徒のモチベーションは高くないと思ったが、このカフェごっこが思いのほかバイトをしたことないお嬢様や坊ちゃんたちに受けたらしい。皆乗り気でカフェを回している。
「白石さん」
お盆を給仕係に渡したところで、一緒にキッチン担当をしていたクラスメートが言った。
「ケーキがそろそろなくなりそうなの。家庭科室から持って来てくれない?」
ケーキを切る手を休めずに女子生徒は言った。
「分かったわ」
私はついでに飲み物の残量も調べる。全体的に残りが少なくなっている。
「飲み物も持ってくるわ」
そう言った時、お腹が鳴った。それを聞いたクラスメートは苦笑した。
「ついでにどこかでランチしてきて。白石さん、朝からずっとここにいるでしょ」
腕時計を見ると、すでに2時を過ぎていた。
文化祭委員だからと、クラスメートの休憩時間も管理していた藤堂により、私はほとんど休憩が取れずにいた。
「そうね。そうさせて頂くわ」
そう言いながら、エプロンを外し、藤堂と鉢合わせないよう後ろのドアを使って外に出た。
単純に計算しただけでも、6時間働きっぱなしである。
「はぁ疲れた・・・」
「あ。白石ちゃーん!」
私が凝った首を回したのと、蓮見が声を上げるのが同時だった。
(この疲れてる時に…)
「どうも、ごきげんよう」
いつのもように挨拶する。黒い服に身を包み、髪をオールバックにしている蓮見は、普段とは異なって見えた。
「今、暇?」
私の目の前で来ると蓮見が聞いた。
「いいえ」
お願いだから放っておいてくれ、と笑顔で答えるが、蓮見にその手は通用しなかった。
「海斗がいなくなっちゃって。探すの手伝ってくれない?」
(なんで私が…)
「凄い迷惑そうな顔してる!」
面白がるように笑った蓮見だったが、小声で深刻そうに言った。
「いやね。海斗、まだ熱下がってないのに文化祭に来ちゃったんだよね」
「なぜ…」
(そんな文化祭好きのキャラだった?)
私は首を傾げる。
「どこかで行き倒れてないか、心配なんだよね」
何かを訴えるような瞳で蓮見が見つめてくる。
「わ、分かったわよ」
渋々、天城探しに賛同すると蓮見はガッツポーズを作った。
「よし、行こう!」
そう言った時、後ろで声がした。
「あれ、どこ行くんだ?」
メイド喫茶から出て来た榊が聞いた。
「休憩がてら人探しに」
私が答えたのと、蓮見が榊のメイド服姿を見て爆笑するのが同時だった。
「お前!似合ってるな!」
「だろ?意外と可愛いだろ?」
褒められてまんざらでもない榊はその場で一回転をしている。
「あの、私の話聞いてます?」
質問して来た本人は、私の回答に全く興味がないようだ。一通り、自分の恰好を見せつけたあと、反対に蓮見をじろじろと見ながら、腕を組んだ。
「もしかして、吸血鬼か?」
「当たり!俺たちのところはお化け屋敷やってるんだ。あとで、来いよ」
「おう!透と行くわ」
榊はそう言いながら私の肩を組んだ。
「遠慮するわ」
「え、何。怖いの?」
私の顔を覗き込みながら榊はからかうように言った。
「怖い訳ないでしょ」
「ふうん?」
何か言いたげに榊が言ったが、私は話題を変えた。
「お腹が空いたわ。何か食べてくる」
「じゃあ、俺も行こーっと」
榊は私の肩から腕を外さずに、半ば強引に歩き出した。
「あなた店番は?」
「誰かしらがやってくれるだろ」
「無責任な」
「あ!おい。天城探しも手伝えよー」
蓮見が後ろから追いかけて来た。
「食ってからな」
私の代わりに榊が答えた。