悲劇のフランス人形は屈しない2
初詣が終わるとすぐさま学校が開始した。相変わらず藤堂は私を見つけると、何事もなかったかのように腕を組んでくるし、天城たちにもなんの変化もない。しかし、どこを探しても西園寺だけは姿を見せなかった。そうこうしている内に、高校1年生最後の試験の日が近づいていた。
この時期なると、事件の起きる階段や西園寺の陰謀を解き明かすことより、私はまた学年順位で上位に食い込む方が大事になっていた。
「見つけたわ。真徳の掲示板」
まどかが私のベッドに寝ころびながら、言った。
妹の小学校でもまた学期末の試験が迫っているのにも関わらず、妹は相変わらず余裕の表情を見せていた。学校も塾も内容があまりに簡単なので、最近では家で宿題をせず授業中に全て終わらせるらしい。なので、帰宅した頃には、手が空いていると言うのだ。
数学の問題を解いていた私は、頭を上げた。
「あれ、消されたんじゃなかった?」
神社で絡んできた男が言っていた「真徳高校専用掲示板」。一度まどかと調べてみたが、ネット上には全く出て来なかった。学校側に訴えられたのか、管理人が心を改めたのかは不明だが、掲示板があったという痕跡さえ綺麗に消されていた。
私はあの男のたわ言だと思っていたが、辛抱強く調べ続けたまどかが、快挙を成し遂げた。
「だいぶ大変だったけど」
「どうやって見つけたかは、聞かないでおく」
私はそう言いながら、妹の隣に寝ころんだ。
「西園寺について何か書かれてる?」
「ちょっと待って。関係ないことも沢山書かれているから」
まどかがマウスを動かしている。
一見したところ、普通の掲示板のように見える。自分の学生時代にもあった、中学や高校の裏掲示板。匿名で何でも書き込めることから、悪口や勝手な噂話を好き放題書いている人が多かった。
「どの世界も同じね」
先生が嫌い、試験が難しすぎる、など、愚痴が書かれている文章を見ながら私は呟いた。
自分の気持ちを聞いて欲しいからと、掲示板で発散するのは悪いことではないが、人を傷つけるのは何か間違っていると思ってしまう。面白半分で見ていた学生時代だったが、それもすぐにやめた。自分の名前を見つけたらきっと立ち直れない。
「あったわ」
妹がそう言い、私は画面を覗き込んだ。
〈真徳の理事長の背景に誰がいるか知ってる?〉
そんな文章から始まっていた。
〈試験に受かる生徒はいつも決まっている。親の職業、知名度、財産まで全て調べ尽くされてから、入学が決定する。腐った学校だよ〉
〈裏にいるのって誰?〉
〈西園寺っていうアメリカで一財産築き上げた一家。娘が病気で休みがちで中々卒業が認められないからって、理事長に直談判しに行った。そこから真徳の雰囲気がおかしくなった〉
〈まじか。知らなかった〉
〈でも俺の友達は一般家庭だけど、受かったぜ。かなり頭はいい方〉
〈それも表向き用。一年に数人は必ず庶民を入れる。でもすぐいなくなる〉
〈もしかして、お前もその一人だったとか?〉
その質問に対する回答はなかったが、それがむしろ肯定しているように思えた。
「退学か転校か、分からないけど。その腹いせに掲示板に書き込んだのね」
まどかがため息交じりに言った。
「伊坂さんと同じ境遇…」
私はぼそりと呟いた。
「西園寺には、生徒一人を転校させることなんて簡単だった」
憧れの真徳高校へ馴染むために、勉強もバイトも頑張っていた伊坂を思い出す。
「やっぱり西園寺は許せない」
初詣の時にちらりと見せた、天城への恋心。その表情をみた時には、ただの恋する女の子だと思ったのに。
「一つ解決したのに、すっきりしない…」
私はベッドに突っ伏した。
伊坂が西園寺のせいで転校したという裏がやっと取れたのに、何も出来ない。
「西園寺には強力な後ろ盾があるし」
理事長までも操れる西園寺一家は、学校全体を牛耳っていると言える。伊坂だけでなく、他の一般家庭の生徒もどこかに飛ばしているとしたら、抗議をしたところで、まともに取り合ってくれないだろう。
「下手に動くと危険ね」
まどかも隣でため息を吐いた。
あり難いことに、白石家は数ある財閥の中でも上位に食い込むほどのお金持ちだ。だから、勉強が全く出来ない白石透でさえ入学できた。つまり、西園寺一家の気に触れることさえしなければ、学校から追い出されることはないだろう。
しばらくの沈黙のあと、妹が言った。
「それはそうと、お姉さま。明日からの試験は大丈夫なの?」
「ぼちぼちかな」
夏休みの間に伊坂に叩き込まれた基礎は、伊坂が転校したあとでも大活躍だった。ほとんどが基礎の応用になってくるため、難なくこなすことが出来た。
「そう。伊坂さんの為にも頑張って」
私の気持ちを汲んだのか、妹が優しい声で応援してくれた。
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