身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
「ですが……」

「これ以上、お前と話をする義理はない。おい、ディルク、リーゼ、いいか。明日の朝、彼女を馬車に乗せてヒルシュ子爵家に送り返せ!」

 2人は困惑の声をあげる。アメリアは、もう彼を見ずに俯くだけだ。

「しかし……」

「侯爵様、ですが……」

「わたしはもう寝る。いいな!」

 バルツァー侯爵はそう言うと部屋から出て、バタン、と大きな音をたててドアを閉めていく。残されたアメリアの元に、ディルクとリーゼが駆け寄る。

「アメリア様」

 アメリアはすっかり意気消沈してしまった。バルツァー侯爵に気にってもらうも何もない。自分の一か月は完全に無駄だったし、きっとヒルシュ子爵邸に戻れば役立たずと罵られてしまうのだろう。

「お2人ともありがとうございます。明日、ここを出て……」

 ヒルシュ子爵家に戻ります。そう言おうとしたが、どうにも言葉にならない。悪意によって自分はここに遣わされたが、では、戻ることは許されるのだろうか。いや、許されるわけがない。何度も考えたそれが現実となってしまい、思考が止まる。

 ディルクもリーゼもなんとなく察している様子で「ですが」と、言葉にしては、口を閉ざす。

(わたし、生かしてもらえるのかしら? 財をヒルシュ子爵家にもたらすと言われてここまで生きて来て。そして、この一か月、更にお金をお父様に使わせて、その結果がこれだなんて)

 だが、何にせよ、バルツァー侯爵の拒否は想像以上に激しかった。これで、明日起きて自分がいたら、きっと彼は更に怒りを加速させるだろう。だが、ヒルシュ子爵家に戻ったら、自分はまた離れで暮らすことになるのだろうか? それとも、どうにかしてバルツァー侯爵の妻になれと、またあちらでも追い返されるだろうか。

 そんなことはもう嫌だ。どうにかして。そうだ。どうにかして、ヒルシュ子爵家に戻らなくても良い方法を考えつかないだろうか。

(ああ、頭が、重い……早く、1人で眠りたい……)

 とにかく、自分を心配してくれるディルクとリーゼ、2人を安心させないと。そう思って、アメリアは困惑しつつも、彼らに言葉を返した。

「どうやら、わたしでは侯爵様のお眼鏡に叶わないようですので……大丈夫で……あ……あれっ……なにか……」

 それは、突然だった。ぐらりとめまいがする。ぐるぐると世界が回っていくような感触に襲われ、脳の奥がガンガンと痛む。

(ああ、駄目……目を、開けていられない……!)

 アメリアは目を開けて何かを見ていると、それが頭痛に繋がるように感じる。慌てて目を閉じたが、それでも状況は解決しない。絶えず脳の奥で何か不快な音が鳴り響き、それも聞きたくないと思う。だが、目を閉じてもぐるぐると回る感触は残り、その螺旋の中央にすいこまれるように彼女の意識は閉ざされていった。
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