身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
「いい。お前を妻にすることにした」
「えっ?」
「お前がヒルシュ子爵家を出てから、あちらはあちらで動いたようだ。昨晩、こちらにも話が届いた」
「と、申しますと?」
そう尋ねれば、更にバルツァー侯爵は難しそうな表情になり、チッ、と軽く舌打ちをする。
「まったくもって、やられた。お前の姉は、ギンスター伯爵子息と縁談が決まったのだそうだ。よかったな。あちらからもそれなりの金を用意されるんだろうさ。大々的に発表をしたらしい。こちらにお荷物を押し付けてな」
「!」
ギンスター伯爵の名をアメリアは知らない。だが、きっとカミラの夫になるならば、それ相応の地位も名誉も財力もあるのだろうと思う。本来、バルツァー侯爵の方が爵位は上だが、ヒルシュ子爵には何やら思うところがあったのだろう。
「仕方がない。お前を妻にして……腹は立つが、まったく、どうしようもない。が、ヒルシュ子爵家の娘を娶ったということで、1か月後に内々で婚姻を結び、お披露目をするからな。それには出席してもらうぞ」
「は……はい……」
「婚姻はただの形式だ。用意した書類に名前を書くだけだ。名前は書けるな?」
アメリアはそれに頷いた。「それはよかった」と返し、バルツァー侯爵は「後は勝手にしろ。テーブルマナーとダンスだけ出来れば……いや、ダンスもいらない。足をくじいたことにでもすれば良いな。わたしの隣で座っているだけでいい」と言って出て行ってしまった。閉まるドアを呆然と見ていると、リーゼがにっこり微笑んで
「お食事をいたしましょう。こちらにお運びいたしますか? それとも、お食事の間に行かれますか?」
と尋ねた。アメリアは「ここで」と小声で答え、リーゼは部屋を出ていく。
(なんてこと……きっと、既に決まっていたんだわ……カミラの結婚のことは……)
だから、アメリアをバルツァー侯爵邸に寄越したのだ。それを知って、小さなため息をつく。
(わたしは、何の役にも立たないのに。本当にバルツァー侯爵様がおっしゃる通り、わたしはお荷物だわ……何も出来やしない……)
そして、彼もまた自分に期待をしていないのだと思えば、少しだけ胸の奥が痛む。だが、それは仕方がない。自分は何が出来るわけでも何を知っているわけでもない。貴族らしい振る舞いはこのひと月でうわべだけ詰め込まれたものだし、ダンスも出来なければ、刺繍も出来ない、乗馬も出来ない、書物は読めるが学問は納めたこともない。出来ることと言えば……。
(お父様には、媚びを売れと言われたけれど……わたしにはそんなことは無理だわ……)
それは、人に媚びたくない、という意味ではない。彼女はそもそも誰かに「媚びを売る」ということがよくわからない。ただ、言葉の意味はなんとなくわかる。その上で、彼女は「それを侯爵様にするなんて」と、軽く首を横に振った。
「えっ?」
「お前がヒルシュ子爵家を出てから、あちらはあちらで動いたようだ。昨晩、こちらにも話が届いた」
「と、申しますと?」
そう尋ねれば、更にバルツァー侯爵は難しそうな表情になり、チッ、と軽く舌打ちをする。
「まったくもって、やられた。お前の姉は、ギンスター伯爵子息と縁談が決まったのだそうだ。よかったな。あちらからもそれなりの金を用意されるんだろうさ。大々的に発表をしたらしい。こちらにお荷物を押し付けてな」
「!」
ギンスター伯爵の名をアメリアは知らない。だが、きっとカミラの夫になるならば、それ相応の地位も名誉も財力もあるのだろうと思う。本来、バルツァー侯爵の方が爵位は上だが、ヒルシュ子爵には何やら思うところがあったのだろう。
「仕方がない。お前を妻にして……腹は立つが、まったく、どうしようもない。が、ヒルシュ子爵家の娘を娶ったということで、1か月後に内々で婚姻を結び、お披露目をするからな。それには出席してもらうぞ」
「は……はい……」
「婚姻はただの形式だ。用意した書類に名前を書くだけだ。名前は書けるな?」
アメリアはそれに頷いた。「それはよかった」と返し、バルツァー侯爵は「後は勝手にしろ。テーブルマナーとダンスだけ出来れば……いや、ダンスもいらない。足をくじいたことにでもすれば良いな。わたしの隣で座っているだけでいい」と言って出て行ってしまった。閉まるドアを呆然と見ていると、リーゼがにっこり微笑んで
「お食事をいたしましょう。こちらにお運びいたしますか? それとも、お食事の間に行かれますか?」
と尋ねた。アメリアは「ここで」と小声で答え、リーゼは部屋を出ていく。
(なんてこと……きっと、既に決まっていたんだわ……カミラの結婚のことは……)
だから、アメリアをバルツァー侯爵邸に寄越したのだ。それを知って、小さなため息をつく。
(わたしは、何の役にも立たないのに。本当にバルツァー侯爵様がおっしゃる通り、わたしはお荷物だわ……何も出来やしない……)
そして、彼もまた自分に期待をしていないのだと思えば、少しだけ胸の奥が痛む。だが、それは仕方がない。自分は何が出来るわけでも何を知っているわけでもない。貴族らしい振る舞いはこのひと月でうわべだけ詰め込まれたものだし、ダンスも出来なければ、刺繍も出来ない、乗馬も出来ない、書物は読めるが学問は納めたこともない。出来ることと言えば……。
(お父様には、媚びを売れと言われたけれど……わたしにはそんなことは無理だわ……)
それは、人に媚びたくない、という意味ではない。彼女はそもそも誰かに「媚びを売る」ということがよくわからない。ただ、言葉の意味はなんとなくわかる。その上で、彼女は「それを侯爵様にするなんて」と、軽く首を横に振った。