身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
しかし、その時。決して彼女に食事を勧めないと思っていたヒルシュ子爵家当主は、表面上にこやかに言った。
「アメリア。今日から毎日、きちんと食事をとりなさい。テーブルマナーも教えよう」
「えっ……?」
「美味しい料理を美味しく食べて、もっとお前は体に肉をつけなければいけない。期限はひと月だ。なぁに、テーブルマナーなぞ、すぐに覚えるだろう」
一体何を言っているのか、とアメリアが見れば、ヒルシュ子爵は薄ら笑いを浮かべてこちらをじっと見ている。アメリアの背筋にぞっと何かが走る。嫌だ。何を考えているのだろう。そう思ったが、アメリアは「はい」としか答えられなかった。すると、ヒルシュ子爵は「ははっ!」と声を高くあげた。
「そして、喜ぶがいい。お前に吉報だ。一か月後、お前はバルツァー侯爵の元に嫁ぐことになった。これから忙しくなるぞ……」
にや、と口の端をあげた笑み。それは、アメリアが知る限り、最も醜悪な笑みだった。腹の中にある、どす黒いものをまったく隠す気がないその笑い。アメリアは目を見開いた。
「わたし、が、嫁ぐ……?」
「ええ、そうですよ。良かったですね、アメリア。あなたはついに役目を果たすことが出来るのです」
そう口を挟んだのは子爵夫人だ。アメリアが一度も「母」と呼んだことない、冷たい瞳を持つ女性。今日の彼女も冷ややかな目線でアメリアを貫く。
「本当にありがたいことです。『ヒルシュ子爵令嬢』との婚礼を望んでくださるなんて。その上多額の結納金も下さるとのこと。ええ、ええ、なんといってもこの子爵家から侯爵家に嫁げるなんて、喜ばしいことこの上ないことでしょう」
「で、でも、それはもしかして……カミラ様に……」
「婚礼の申し出には『ヒルシュ子爵令嬢』としか書かれていなかったからなぁ!」
そう大声で子爵は言う。
「勿論、姉であるカミラから結婚をするのが筋だが、とてもとても、繊細なカミラは遠方にいるバルツァー侯爵家になぞ嫁がせられるわけがない。そこでだ。お前のことを思い出した。お前は我らに財をくれるという話で生きていたことを忘れたか?」
そこで、お前のことを思い出した。その言葉はアメリアの心に突き刺さった。逆を言えば、自分のことを子爵は忘れていたということだ。今更彼を父親と呼びはしないが、それにしたって情がなさすぎるではないか……そう非難をしたかったが、子爵は言葉を続けた。
「バルツァー侯爵は成り上がりだが商才に長けており、領地は潤っている。お前のことを思って、我々は送り出すのだよ。この子爵領よりも、随分羽振りが良いそうだ。よかったなぁ?」
「で、も……」
潤っていて羽振りが良い。ならば、カミラを嫁がせればよいではないか。遠方だから駄目? それはただの言い訳だろう。一体どういうことなのか……そうアメリアは聞きたかったが、そこにカミラの声がかぶった。
「ねぇ、もうお食事にしましょうよ。アメリアの婚礼を祝って、みんなで楽しく……ね?」
「おお、そうだな。さあ、さあ、食べるが良い!」
「乾杯もしましょうよ! アメリアの門出を祝福して!」
そう言ってカミラは笑った。その笑みもなんと醜悪なものか……とアメリアは歯を食いしばってカミラから目を逸らした。
「アメリア。今日から毎日、きちんと食事をとりなさい。テーブルマナーも教えよう」
「えっ……?」
「美味しい料理を美味しく食べて、もっとお前は体に肉をつけなければいけない。期限はひと月だ。なぁに、テーブルマナーなぞ、すぐに覚えるだろう」
一体何を言っているのか、とアメリアが見れば、ヒルシュ子爵は薄ら笑いを浮かべてこちらをじっと見ている。アメリアの背筋にぞっと何かが走る。嫌だ。何を考えているのだろう。そう思ったが、アメリアは「はい」としか答えられなかった。すると、ヒルシュ子爵は「ははっ!」と声を高くあげた。
「そして、喜ぶがいい。お前に吉報だ。一か月後、お前はバルツァー侯爵の元に嫁ぐことになった。これから忙しくなるぞ……」
にや、と口の端をあげた笑み。それは、アメリアが知る限り、最も醜悪な笑みだった。腹の中にある、どす黒いものをまったく隠す気がないその笑い。アメリアは目を見開いた。
「わたし、が、嫁ぐ……?」
「ええ、そうですよ。良かったですね、アメリア。あなたはついに役目を果たすことが出来るのです」
そう口を挟んだのは子爵夫人だ。アメリアが一度も「母」と呼んだことない、冷たい瞳を持つ女性。今日の彼女も冷ややかな目線でアメリアを貫く。
「本当にありがたいことです。『ヒルシュ子爵令嬢』との婚礼を望んでくださるなんて。その上多額の結納金も下さるとのこと。ええ、ええ、なんといってもこの子爵家から侯爵家に嫁げるなんて、喜ばしいことこの上ないことでしょう」
「で、でも、それはもしかして……カミラ様に……」
「婚礼の申し出には『ヒルシュ子爵令嬢』としか書かれていなかったからなぁ!」
そう大声で子爵は言う。
「勿論、姉であるカミラから結婚をするのが筋だが、とてもとても、繊細なカミラは遠方にいるバルツァー侯爵家になぞ嫁がせられるわけがない。そこでだ。お前のことを思い出した。お前は我らに財をくれるという話で生きていたことを忘れたか?」
そこで、お前のことを思い出した。その言葉はアメリアの心に突き刺さった。逆を言えば、自分のことを子爵は忘れていたということだ。今更彼を父親と呼びはしないが、それにしたって情がなさすぎるではないか……そう非難をしたかったが、子爵は言葉を続けた。
「バルツァー侯爵は成り上がりだが商才に長けており、領地は潤っている。お前のことを思って、我々は送り出すのだよ。この子爵領よりも、随分羽振りが良いそうだ。よかったなぁ?」
「で、も……」
潤っていて羽振りが良い。ならば、カミラを嫁がせればよいではないか。遠方だから駄目? それはただの言い訳だろう。一体どういうことなのか……そうアメリアは聞きたかったが、そこにカミラの声がかぶった。
「ねぇ、もうお食事にしましょうよ。アメリアの婚礼を祝って、みんなで楽しく……ね?」
「おお、そうだな。さあ、さあ、食べるが良い!」
「乾杯もしましょうよ! アメリアの門出を祝福して!」
そう言ってカミラは笑った。その笑みもなんと醜悪なものか……とアメリアは歯を食いしばってカミラから目を逸らした。