身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

11.届かぬ心

「え……っ?」

 その晩、アメリアの部屋にやってきたディルクとリーゼは、彼女にとって思いもよらないことを告げた。

「わたしに……実家に戻れと……?」

「大変申し訳ございません……侯爵様がそうおっしゃっておりまして……」

「どうしてですか?」

「それが、我々にもわからないのです。その、侯爵様がおっしゃるには……婚姻を結んだので、それは破棄せずその状態のままでいると。そして、生活をするのに十分な金銭を支払うと。ですが、アメリア様と同じ邸宅にいることが苦痛とのことで……それで……ヒルシュ子爵邸にお戻りになって欲しいと……」

 そのディルクからの言葉で、アメリアはぐらぐらと脳が揺れたようになる。一体どうして……何故……何度も考えるが、何故なのかがわからない。

「で、ですが……わたし……アウグスト様から直接聞かなければ……それを受け入れることは出来ません……!」

 なんとか絞り出した言葉は語気が強い。そのことにアメリアは自分で驚き、困惑の表情をディルクとリーゼに向けた。そして、それを言われた2人も「アメリア様がそんな声をあげるなんて」と驚いたようで、目を見開いている。

「アメリア様」

「あっ、あ、わたし……ごめんなさい……そのっ……」

「ひとまず、今晩はお休みください。明日になれば侯爵様も何かお考えを変えてくださるかもしれません」

 どう言ってディルクとリーゼは悲し気な表情を見せる。アメリアは、一体何が起きたのかと呆然としながら「わかりました」と答えるしかなかった。



 深夜、アメリアは庭園のベンチで一人座っていた。そのベンチは、渡り廊下から庭園に出る際に靴を履き替えるための場所のようだったが、今は誰も使っていない。

 あれから、アメリアはうまく眠れず、切れ切れの睡眠をわずかにとった。体は少しだるいが、それでも深い睡眠につくことがどうにも出来ない。

 明日になったら、とディルクとリーゼは言ったが、もしかしたら朝早くにアウグストはまた仕事に行ってしまう可能性だってある。そう考え、アメリアは静かにそこで待っていた。彼が、執務室にも私室にも戻っていないことは確認が取れている。

(ああ、少し寒いわ……)

 肩にかけたショールに手を触れる。あの、雨に濡れた日のことを思い出すと、嬉しさと悲しさが両方心に押し寄せて来て、どうにかなりそうだ。

(わたし……もしかして……アウグスト様のことを……)

 好きなのかもしれない。それを、こんな形で知るなんて、自分はどれほど間抜けなのかとアメリアは思う。だが、反面「ここを出て行きたくないから、そんな風に思い込んでいるのかもしれない」と思う自分もいる。彼女の心の中はもうぐちゃぐちゃで、何が己の感情なのかすらよく理解を出来ていない。

 どれぐらい時間が経過をしたのだろう。もう部屋に戻ろうか、と彼女が腰をあげた時、足音が近づいて来た。アウグストだ。しかし、その足取りはたどたどしく、どうやら彼は酒を大量に飲んだ後のようだった。

「アウグスト……」

 見れば、少しばかり目が据わっている。アメリアは少し戸惑ったが、彼の元に静かに近づいた。アウグストも彼女に気付いたようで、渡り廊下の壁にとん、と肩をついてもたれかかる。

「どうした。明日、ここを出てもらうのに、まだ起きているのか」

「わたし……わたしが、何か、したのでしょうか……?」

「いや、別に君が何をしたわけではない。ただ、我々の婚礼は君の父親が仕組んだものだったのだしな……」

 酒臭い、とアメリアは顔をしかめる。

「もう、婚姻はしたことだしな。だからといって、君がここにいる必要もないだろう。さっさとヒルシュ子爵家に帰るといい」

「ですが、わたしは……その……」

 あなたの妻です。その言葉が出ずに、アメリアは目を伏せた。
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