身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
「君も、結局はわたしの財が目当てだったんだろう? ヒルシュ子爵との会話を聞いた。ならば、君がここにいて君ひとりを養うよりも、ヒルシュ子爵家にいてわたしからの金を受け取る方が良いだろう」
「えっ……?」
「違うか?」
「ち、違います! わたし……わたしはっ、そんなことのために……」
そんなことのためにここに来たわけではない。そうはっきり言いたかったのに、アメリアの心は揺れる。違うと言い切れるのか。そう考えれば、彼女は断言を出来なかった。
アウグストは「はは」と力なく笑う。
「そうだな……違うとわたしも信じたい。だが、今はどうにもそう出来なくてな……」
「えっ?」
「君が、ヒルシュ子爵の元で虐げられていたのだろうことは察しがついてはいた。体は細く、食事もほとんどしない。貴族らしいこともうまく出来ない。だが、それでもあの男に飼われていて、そして、言うことを聞いていたのだろう? そう思えば、仕方なく君がここに来たのだろうとは予想がつく。だが……」
彼は、壁に背をもたれ、目線を自分の足先にやる。
「そんなわかりきったことなのに、今のわたしにはどうにも信じられん。わたしの方こそ、金の力で君を手に入れたのだし、今更何を言うのかと思われるかもしれんが……」
そこで彼は言葉を切った。アメリアは、どうしてそこまでわかっているのに、今更ヒルシュ子爵家に帰れと言うのか、と呆然とする。しかし、だからといって、自分に「ここにいたい」と言う資格があるのかと思えば、それは否だ。
(だって、わたしはアウグスト様をたばかって結婚をするために来たんですもの……)
言葉は悪いが、それは事実だ。ここで「でも自分はあなたの妻だ」と主張を出来ればどれほど良かったか。けれど、彼女にはそれが出来なかった。
(ああ、なんてことなの……なんて……)
どれほど自分たちは不自由なのかと、アメリアは心の中で呪った。あんな出会い方をしなければよかったのに。だが、あんな出会い方でなければ、自分たちはきっと巡り合わなかったのだろうとも思う。それでも、何かを言わなければ……そう思っても、浮かんだ言葉はなんだか薄っぺらな己への擁護のように思えて、うまく発することが出来ない。
「アメリア」
「はい……」
「君が不自由しない程度の金は出す。そうすれば、ヒルシュ家でも、そう悪くない生活が君も出来るだろう。君の父親も、あれこれとこっちに文句をつけて来ないだろうし、それで良いはずだ。勿論、結婚した以上子供は必要だが、それは今でなくてもいい。少し……少しだけ、君と離れたい。わたしの我儘だが、聞いて欲しい」
「!」
それだけ言うと、アウグストはふらりと歩き出した。よろける彼の体を支えようとアメリアが手を伸ばしたが、彼は軽くその手を大きな手のひらで止めた。
「いい。一人で歩ける」
「でも……」
「いい、と言ってるだろう!」
「っ!」
声を荒げられ、アメリアはびくりと体を震わせた。アウグストはそれに気づき
「……すまない。怯えさせたな」
とだけ謝り、ふらふらと歩いて行った。アメリアは、その背に「おやすみ」ということが出来ず、ただ、彼が暗闇に消えていくまで、そこで立ち尽くす。
「アウグスト……」
わたしの我儘だが、聞いて欲しい。その言葉を聞いて、アメリアはもう何も言えなくなる。彼がそんな風に言うなんて。
彼の言葉は嘆願だ。一体何故そこまで思い詰めているのかをアメリアはわからなかったが、彼は自分に「頼んで」いる。そのことに驚いた。
それなら。アメリアは唇をきゅっと引き結ぶ。
(彼がわたしにそんな風に頼むなんて……)
ならば、自分はそれを聞き届けるしかないではないか。
「ずるいです……アウグスト様……」
自分が彼のために出来ることが、たったこれだけのことだなんて。アメリアは唇を噛み締め、瞳を閉じた。じわりと涙が浮かび上がったが、彼女はそれをぐいと手の甲で払い、ヒルシュ子爵家に戻ることを決めた。
「えっ……?」
「違うか?」
「ち、違います! わたし……わたしはっ、そんなことのために……」
そんなことのためにここに来たわけではない。そうはっきり言いたかったのに、アメリアの心は揺れる。違うと言い切れるのか。そう考えれば、彼女は断言を出来なかった。
アウグストは「はは」と力なく笑う。
「そうだな……違うとわたしも信じたい。だが、今はどうにもそう出来なくてな……」
「えっ?」
「君が、ヒルシュ子爵の元で虐げられていたのだろうことは察しがついてはいた。体は細く、食事もほとんどしない。貴族らしいこともうまく出来ない。だが、それでもあの男に飼われていて、そして、言うことを聞いていたのだろう? そう思えば、仕方なく君がここに来たのだろうとは予想がつく。だが……」
彼は、壁に背をもたれ、目線を自分の足先にやる。
「そんなわかりきったことなのに、今のわたしにはどうにも信じられん。わたしの方こそ、金の力で君を手に入れたのだし、今更何を言うのかと思われるかもしれんが……」
そこで彼は言葉を切った。アメリアは、どうしてそこまでわかっているのに、今更ヒルシュ子爵家に帰れと言うのか、と呆然とする。しかし、だからといって、自分に「ここにいたい」と言う資格があるのかと思えば、それは否だ。
(だって、わたしはアウグスト様をたばかって結婚をするために来たんですもの……)
言葉は悪いが、それは事実だ。ここで「でも自分はあなたの妻だ」と主張を出来ればどれほど良かったか。けれど、彼女にはそれが出来なかった。
(ああ、なんてことなの……なんて……)
どれほど自分たちは不自由なのかと、アメリアは心の中で呪った。あんな出会い方をしなければよかったのに。だが、あんな出会い方でなければ、自分たちはきっと巡り合わなかったのだろうとも思う。それでも、何かを言わなければ……そう思っても、浮かんだ言葉はなんだか薄っぺらな己への擁護のように思えて、うまく発することが出来ない。
「アメリア」
「はい……」
「君が不自由しない程度の金は出す。そうすれば、ヒルシュ家でも、そう悪くない生活が君も出来るだろう。君の父親も、あれこれとこっちに文句をつけて来ないだろうし、それで良いはずだ。勿論、結婚した以上子供は必要だが、それは今でなくてもいい。少し……少しだけ、君と離れたい。わたしの我儘だが、聞いて欲しい」
「!」
それだけ言うと、アウグストはふらりと歩き出した。よろける彼の体を支えようとアメリアが手を伸ばしたが、彼は軽くその手を大きな手のひらで止めた。
「いい。一人で歩ける」
「でも……」
「いい、と言ってるだろう!」
「っ!」
声を荒げられ、アメリアはびくりと体を震わせた。アウグストはそれに気づき
「……すまない。怯えさせたな」
とだけ謝り、ふらふらと歩いて行った。アメリアは、その背に「おやすみ」ということが出来ず、ただ、彼が暗闇に消えていくまで、そこで立ち尽くす。
「アウグスト……」
わたしの我儘だが、聞いて欲しい。その言葉を聞いて、アメリアはもう何も言えなくなる。彼がそんな風に言うなんて。
彼の言葉は嘆願だ。一体何故そこまで思い詰めているのかをアメリアはわからなかったが、彼は自分に「頼んで」いる。そのことに驚いた。
それなら。アメリアは唇をきゅっと引き結ぶ。
(彼がわたしにそんな風に頼むなんて……)
ならば、自分はそれを聞き届けるしかないではないか。
「ずるいです……アウグスト様……」
自分が彼のために出来ることが、たったこれだけのことだなんて。アメリアは唇を噛み締め、瞳を閉じた。じわりと涙が浮かび上がったが、彼女はそれをぐいと手の甲で払い、ヒルシュ子爵家に戻ることを決めた。