身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
ヒルシュ子爵邸に戻ったアメリアは、問答無用で再び離れに軟禁された。門兵たちには彼女を邸宅から出さないようにと言いつけ、彼女宛てに送られてくるアウグストからの金は、ほぼヒルシュ子爵の懐に入った。食事に関しては、彼女を痩せさせることはよろしくないと思ったのか、本館から離れに運ぶように指示をする。だが、それ以外の待遇は、彼女がヒルシュ子爵家を出るひと月前とほぼ変わらなかった。
ヒルシュ子爵は「このままお前に毎月バルツァー侯爵から金が入るなんて、なんとありがたいことだ」と大喜びしていたが、アメリアはそれに反発をした。彼女の反発にヒルシュ子爵は「バルツァー侯爵家で口答えを覚えて帰ったようだな」といささか驚いたが、それ以上は特に気にすることなく、変わらず彼女を蔑んでいた。
バルツァー侯爵邸から持ち出したものは、そう多くない。沢山何かを持って行っても、ほとんど奪われるのではないかと思っていたからだ。案の定、ドレスを3着木箱に入れて運んだが、それらは没収をされてしまった。なんとか、リーゼから受け取った銀貨を隠すことが出来たのは幸運だったと思う。そして、刺しかけの刺繍と、ちょっとした下着類、それから町で購入した小さな本が2冊と、白いレースのショール。それらは彼女の手元にどうにか残った。
「ああ……もうすぐ、出来てしまうわ……こんな、あまり上手ではない刺繍が」
刺した糸はがたがたで、まっすぐ揃っていない。だが、気持ちだけは込めている。初めて自分が刺した刺繍。図案通りにすることがこんなにも難しいなんて。ただそこにあるものをなぞっているだけなのに、うまくいかない。
だが、それまで何かを作ることがなかったアメリアには、それを完成させることに胸が躍った。それすら、初めての体験だった。
(これを、アウグスト様にお見せできるのだろうか……)
自分は、バルツァー侯爵家に戻ることが出来るのだろうか。心はずっと不安でいっぱいだ。
だが、離れたからこそ、彼女にもまた気付いたことがある。
夜、アメリアはそっと庭園に出る。あまり手入れが行き届いていないヒルシュ子爵邸の庭園。それでも、彼女にとっては息抜きが出来たはずの場所。長年通っていたその場所に立ち、彼女は月を見上げた。
「きっと、アウグスト様はたくさんお金をくださったのでしょうね……」
父親が大喜びしていた様子を見て、それは察した。だが、その金は庭園の手入れなどには割かれず、きっと、カミラの婚礼に使われてしまうのだろう。世話が行き届かない植物たちを見ても、以前はなんとも気にならなかったが、今ならばわかる。バルツァー侯爵家の庭園は美しかった……そう思い出すと、心の奥が締め付けられるような気持ちになる。
(でも)
でも、それだけではなかったのだ。日々、庭園でアウグストと行き会って、話をするようになって。それが、自分にとってどれほど嬉しいことだったのかを、今更アメリアは痛感をしていた。じんわりと瞳に涙が浮かび上がって、それをぐいと手の甲でぬぐう。だが、ぬぐってもぬぐっても涙が溢れて止まらない。
ヒルシュ子爵は「このままお前に毎月バルツァー侯爵から金が入るなんて、なんとありがたいことだ」と大喜びしていたが、アメリアはそれに反発をした。彼女の反発にヒルシュ子爵は「バルツァー侯爵家で口答えを覚えて帰ったようだな」といささか驚いたが、それ以上は特に気にすることなく、変わらず彼女を蔑んでいた。
バルツァー侯爵邸から持ち出したものは、そう多くない。沢山何かを持って行っても、ほとんど奪われるのではないかと思っていたからだ。案の定、ドレスを3着木箱に入れて運んだが、それらは没収をされてしまった。なんとか、リーゼから受け取った銀貨を隠すことが出来たのは幸運だったと思う。そして、刺しかけの刺繍と、ちょっとした下着類、それから町で購入した小さな本が2冊と、白いレースのショール。それらは彼女の手元にどうにか残った。
「ああ……もうすぐ、出来てしまうわ……こんな、あまり上手ではない刺繍が」
刺した糸はがたがたで、まっすぐ揃っていない。だが、気持ちだけは込めている。初めて自分が刺した刺繍。図案通りにすることがこんなにも難しいなんて。ただそこにあるものをなぞっているだけなのに、うまくいかない。
だが、それまで何かを作ることがなかったアメリアには、それを完成させることに胸が躍った。それすら、初めての体験だった。
(これを、アウグスト様にお見せできるのだろうか……)
自分は、バルツァー侯爵家に戻ることが出来るのだろうか。心はずっと不安でいっぱいだ。
だが、離れたからこそ、彼女にもまた気付いたことがある。
夜、アメリアはそっと庭園に出る。あまり手入れが行き届いていないヒルシュ子爵邸の庭園。それでも、彼女にとっては息抜きが出来たはずの場所。長年通っていたその場所に立ち、彼女は月を見上げた。
「きっと、アウグスト様はたくさんお金をくださったのでしょうね……」
父親が大喜びしていた様子を見て、それは察した。だが、その金は庭園の手入れなどには割かれず、きっと、カミラの婚礼に使われてしまうのだろう。世話が行き届かない植物たちを見ても、以前はなんとも気にならなかったが、今ならばわかる。バルツァー侯爵家の庭園は美しかった……そう思い出すと、心の奥が締め付けられるような気持ちになる。
(でも)
でも、それだけではなかったのだ。日々、庭園でアウグストと行き会って、話をするようになって。それが、自分にとってどれほど嬉しいことだったのかを、今更アメリアは痛感をしていた。じんわりと瞳に涙が浮かび上がって、それをぐいと手の甲でぬぐう。だが、ぬぐってもぬぐっても涙が溢れて止まらない。