身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
「わたし……わたし……」

「うん」

「あなたに、手紙を、書きました」

「手紙?」

 アメリアは震える手で、彼に封書を差し出した。

「あなたに、会いたいと。ずっとお待ちしていますと、書きました……!」

「……受け取っても良いだろうか」

「はい」

 アメリアの頬に、大粒の涙がこぼれる。アウグストは、彼女の手からその手紙を受け取って「ここで読んでも?」と尋ねた。アメリアは、両手で顔を覆って俯き、肩を震わせて「はい」と答える。

 封筒を開ける。2枚の紙に綴られる、たどただしい文字。だが、精一杯、綺麗に見えるようにと頑張っているのだろう、一筆一筆に思いがこもっている文字だった。

(決して、恨みも何もない。自分の悲しみも何も。境遇を一つも漏らさず、ただ、バルツァー家の使用人たちを思いやる言葉。それから)

 わたしへの言葉。手紙の内容はそう多くはない。だが、多くないゆえに、まっすぐに伝わる。

(本当に、わたしに会いたいと。けれど、それは叶わないのだろうから、過ぎ行く日々を数えながら、わたしを思いながら、待っていると。ただそれだけの言葉が)

 どうしてこんなにも胸を熱くするのかとアウグストは驚きつつ「貰っても良いだろうか」とアメリアに尋ねた。勿論、良いに決まっている。こくりと頷く彼女の様子を見れば、更に胸の奥がじんじんと痺れる。彼は、ポケットにその封書をしまうと、すぐに再び腕に力を入れて彼女を抱きしめた。アメリアは「あっ」と小さく声をあげたが、彼になされるがままになっている。

「アウグスト」

「ああ」

「わたし、本当に、嬉しかったんです……」

「何が、だ?」

「あなたや、みなさんに、人間として扱っていただきました。ひと月で、たくさんのことを教えていただきました。ここで、あなたに嫁ぐためにひと月費やした日々の、何倍も、何十倍も、たくさんのものをいただいて……だから……だから、その気持ちをどうしても……伝えたくて……!」

 泣きながら、これまでにないほど早口でアメリアは話す。そんな彼女を見たことがない。堰を切った、と言うがこれがそうなのかと思いながら、アウグストは彼女の髪を何度も撫でた。

「アメリア、戻って来てくれるだろうか……」

「よいのでしょうか?」

「ああ。勿論だ……すまなかった。わたしは本当に君に酷いことをした。だが、ようやく……」

 そう言葉にしようとして、彼ははっと気づいたように腕を離す。それから、その場でゆっくり膝をつき、彼女を下から見上げた。

「アウグスト……! そんな、わたしにそんなことは……っ」

「もう、わたしはすべて知っている。君がここでどんな暮らしをしてきたのか、どんな風に扱われていたのか。そして、どうしてわたしのもとに来たのかも、おそらく。だから、隠さなくてもいい。わたしは君を金で買った男だが、それでも言わせてくれ」

 一体彼が何を言うのかと困惑をしているアメリアに、アウグストは告げた。

「今更で、申し訳ないことは重々承知の上だ……もう婚姻は結ばれていることもわかっている。だが、答えて欲しい。アメリア、君さえよければ、わたしと結婚してくれるだろうか? わたしは、君がいい……!」
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