身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした
 とはいえ、ひとまず髪も下ろしてゆっくり休めることになった。今日はバルツァー侯爵が不在なので、部屋に食事を運ぶと言って、リーゼは出て行った。おかげで、一旦アメリアは1人になった。ようやくほっと一息ついて、ソファに体を横たえた。あまりの疲労に、怖いだとか申し訳ないだとかいうよりも「疲れた」という言葉が口から出る。

「ああ……明日……怒られてしまうのでしょうね……ここからまた、馬車に乗って帰ることになるのかしら……いえ……帰るなんて出来ないわ……」

 ぽつりと呟いて瞳を閉じる。大丈夫。怒られることは慣れている。バルツァー侯爵に怒られるのは、覚悟の上だ。しかし、このままヒルシュ子爵邸に戻れば、どれほど怒られることだろうか。

 そもそも、既にバルツァー侯爵からの結納金はヒルシュ子爵家に届いている。自分が帰るとなればそれをきっとバルツァー侯爵家に戻すことになるだろう。そんなことになったら、父親にどれだけ怒られるか。けれど、彼女にはどうにも出来ないのだ。

「なんとか、なったかしら。ここまで……たった一か月で習ったことを、なんとか……」

 少しでも、バルツァー侯爵に気に入ってもらえと言われ、この一か月で多くのことを朝から晩まで叩き込まれた。それまでの生活と一変して、彼女は夜になると泥のように眠り、朝が来てはまたマナー講師やら何やらに多くのことを詰め込まれ、そうして怒涛のように一か月が過ぎて今日だ。

(わたしがどのように扱われていたかを……黙っているように言われたけれど)

 父であるヒルシュ子爵には、口酸っぱくそれを言われていた。既に結納金を貰っている以上、何があっても結婚をしなければいけない。そして、ヒルシュ子爵家で彼女がどのように扱われていたのかを話したら最後、きっと彼は「そんな者を金目当てで寄越して」と怒って、結納金の返済を迫られるだろう。だから、それは決して言うな……。

 確かにそれはそうなのだ。もし、アメリアが自分の境遇を話したとしても、だからといってバルツァー侯爵が「助けてやろう」と言うだろうか。そんなことはきっとない。だから、自分はなんとかこの一か月で身に着けたことだけで、どうにかカミラの役目を果たさなければいけないのだ……そう考えると、とんでもなく気が重い。

「疲れたわ……」

 体から疲労が抜けないところに、この長旅だ。彼女はソファに座ったまま、すとんと眠りについた。もう、くたくたで限界だったのだ。
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