初恋は実らぬものというけれど……ある辺境伯令嬢の場合
「すぐに準備を。領地に行く」
「は?」
「だから、領地に向かうと言っている」
いつも慎重なはずなのに、今回は短絡的に行動しようとしている。
自分のでも驚くが、ハイドはもっと慌てているようだ。
「若様、ですが明日のお勤めはいかがなさるのでしょう?」
「体調不良とでも伝えておけ」
ルーファスは自分でも混乱して、なにが正解なのかわからくなってきた。
妻が義理の祖父の看病に領地に帰ったくらいで、どうして胸騒ぎがするのだろう。
(まさか、コーデリアとこのまま会えなくなるのでは?)
いやな予感というのは、時としてあたるものだ。
馬車などかったるくて乗っている場合ではない。単身でも馬を飛ばしたらすぐに領地に着くだろう。
「せめて、せめて、夜が明けてからになさってくださいませ」
「ああ、今からいっても領地に着くのは夜中か……」
ハイドの言葉に、やっと冷静になれた。
王都から近いとはいえ、深夜の移動は危険だ。
ルーファスが落ち着いてきたとわかったのか、ハイドはホッとした表情だ。
執事長という立場にしてみれば、真面目で大人しいとばかり思っていた次期ロールザイト公爵の意外な一面だったのだろう。
それに、この一年の行動からは信じられないくらい妻のことが大切なようだと執事長は胸に刻んだ。